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沖縄巡礼 テダ御川、そして帰路へ

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久高島からフェリーで安座真港に到着。
時間があったので散策がてら、東御廻りの礼所、テダ御川へ。

安座真港を知名崎方面へグルッと歩くこと30分、ゴロゴロとした岩の先にテダ御川の石碑が。

ここは太陽神が御降臨したと伝承され、国王や聞得大君が久高島へ参拝する折には、船を止め、この泉を汲み、航路安全のオモロを謡ったといわれている。
(以上、南城市パンフレットより)

・・・どうやら、順路が逆だったようですね(苦笑)

石碑の脇には1969年に作られた「水神」の碑がひっそりとありました。
これが作られたときは今とは違って舗装路もなかったと思うので、知る人ぞ知る場所だったのでしょうね。

浜の方を目を遣るととても幻想的な風景が。

イノー(礁湖)の浅瀬には多くの貝や小魚が泳いでいて、手ですくえば獲れそうな程です。

新しい石碑がないと何が何だか分からない地でありますが(汗)、久高島フェリーの空き時間などに散策されてみると良いかもしれません。

そして、しばらく歩いて板馬バス停から那覇バスターミナル行きのバスに乗る。
近くに養殖場があって、何か食事できる場所があるかな?と思いましたが、何もありませんでした・・・。食事は久高島で済ませた方がよいかもです。

国際通り近辺でテキトーに食事を済ませた後首里城に行こうと思いましたが、くたくたに疲れてしまい空港へ直行してしまいました・・・。

行き帰りはLLCのバニラエアーへ(成田⇔那覇)。
何とか終電のスカイライナーに間に合って帰路につきましたとさ・・・。

個人的に一番記憶に残っていることは、久高島で拝んだ初日の出とヤハラヅカサ、そしてとくじんの食事だったでしょうか?
いつか再訪できるよう心より祈っております。

次回は信濃~戸隠神社です☆

沖縄久高島巡礼 カベール(神屋原) 竜宮神が鎮まる岬

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久高島の旅、すっかり更新が疎かになってしまいました・・・。
今回は最終回、久高島の最北端にある岬、カベールです。

延々と続く一本道を進んでいくとその先に水平線が見えてきます。
それにしても素敵な聖なるクバの並木道です。

一本道の終点に進むと美しい海、そして荒々しい波しぶきが打ち寄せてきます。
ここがカベール(神屋原)と呼ばれる岬です。

琉球の始祖アマミキヨが降り立ったという伝説が残り、竜宮神(タティマンヌクカグラー)が鎮まる神聖な場所。
また、壬の日(入梅)にここより神さまは馬に乗って島の廻りを巡視するすると伝えられています。

旧暦の1月のヒーサチにはこの岬で一年中の大漁祈願が行われているといいます。
(以上、パンフレットより要約)

岩が波によって浸食されて、まるで怪獣が口をあんぐりと開けているかのようです。

イノー(礁湖)と竜宮がある大洋との境目がくっきりと分かりますね。
それにしても美しい海!
願わくばこのままの状態で保ってもらいたいものです。

帰途途中にある大きなガジュマルの木。
まるで精霊が佇んでいるかのようです。

これにて久高島の旅についてはこれにておしまい。
入島した日は雨風が強くて、どうなることやらと思いましたが、元旦は快晴となって良かったです。
再びこの地に戻れるよう心より祈っております!

次回は再び沖縄本島に戻って東御廻りの礼所を訪ねます。

沖縄久高島巡礼 神聖なる井泉 ヤグルガー(ヤグル川)

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イシキ浜やシマーシなど、久高島東側の海岸を中心に巡っていたが、今回は島の西側にあるヤグルガーと呼ばれる井泉を巡ってみました。

久高島には現在こそ本島からのパイプラインによって水や電気が供給されているが、かつては島の西海岸に点在している「ガー」という井泉によって生活していたといわれ、水はとても貴重なものでした。
但し、ここヤグルガーの場合は、祭祀の際の神聖な禊場として現在でも使用されています。

前回紹介したフボー御嶽から少し南下した所に小さな看板がたっています。
ちなみに、島の周遊地には写真のような看板がたっているので、とても巡りやすかったでした!

小道を進んでいくと、朝日に照らされ赤く染まった木々の先に青い海が広がっております。
とてもわくわくしてしまう景色です。

そして海辺へ。
オーシャンブルーの海がとても美しい!

階段を下りていくと、岩場があり、杓子置きと賽銭箱(?)のようなものが置かれていました。
ここでは祭祀の際、神女(タマガエー)がここの水で身を清めていたとされている神聖なる泉です。

昔は階段やコンクリートの踊り場もなく、神女達は足場の悪い岩をつたってここに降りて祈願されていたのでしょう。

ヤグルガーは久高島の五穀起源神話ゆかりの地でもあり、伊敷浜に漂っていた五穀の入った壺を取るために、ここのヤグルガーで禊をしたとされております。

詳細は・・・
沖縄久高島巡礼 伊敷浜 神々が来訪する聖なる浜(Link)

この地を訪れたときは潮が満ちていたので荒々しい岩礁の風景でしたが、干潮時になると、白い砂浜とイノー(礁湖)が広がる幻想的な風景らしいです。

また、青い海の先には沖縄本島がくっきりと見ることができます。

久高島の東側は生命が生まれる地であり、ニライカナイ来訪の地であるのに対して、こちら西側はティラバンダ~太陽が沈んでいく断崖の地であるとされ、かつての風葬地だったらしく、その風習は1960年代頃まで続いていた。

この話を読んで、久高島の東を通る黒潮の先にある紀州熊野の『花の窟』をふと思い起こしてしまいました。
古来よりきっと、南方から繋がっていたのだろうな。

紀州熊野を巡る 花窟神社 イザナミが葬られた巨巌の墓所
(Link)

次回は、ようやく久高島最終話。
久高島の北端に向かいます!!

沖縄久高島巡礼 シマーシとアグル嶽

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久高島の聖なる浜・イシキ浜からさらに北にいくと、『シマーシ』と呼ばれる浜があります。

入口から入るとちょっとゴツゴツした珊瑚岩、その近くにはアグル嶽と呼ばれる御嶽があります。

アグル嶽から海岸を望む。
まるで一本道かのように海岸へ繋がっています。

御嶽の反対側に進むと、これまたゴツゴツとした岩が砂浜に張り出しています。

久高島の東側は南北に、イノー(礁湖)と呼ばれる珊瑚礁の遠浅の海が広がっており、その広さは島の陸地に匹敵するといい、このイノーは干潮になると、人が歩ける程の浅瀬の海となります。

浅瀬の海(イノー)には小魚が泳ぎ、タコや貝などが容易に採ることができ、今でもシマの生活を支えています。

そして、ここには二千年前のものとされる貝塚があり、煮沸用容器や大量の魚骨、貝類、加工品などが出土したらしいです。(残念ながら、そこは未確認です・・・)

これらの岩にも、たくさんの貝類がついてて、眺めてみたりツンツンして遊んだりしていました(笑)

次回は、島の西側にある『禊場』についてです。

沖縄久高島巡礼 伊敷浜 神々が来訪する聖なる浜

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沖縄最高の聖地~フボー御嶽で新年のご挨拶をした後、宿で朝食をとり(「新年」だったからか、御雑煮でした^^)、再びイシキ浜(伊敷浜)へ。

しつこいようですが、伊敷浜の初日の出のリンクは以下です。
「神の島」久高島(沖縄)で拝んだ初日の出(Link)

東海岸沿いの農道を進んでいくと、「イシキ浜」の小さな看板と小道があります。
熱帯植物であるモンパノキの木々の間に走る道を進んでいくと、イシキ浜という海岸に出ることができます。
このイシキ浜は、海の彼方にあるニライカナイからの来訪神が島に訪れるときに神船を停泊する場所とされています。

また、神聖なる浜ですので、遊泳は禁止とのこと。

海浜に出る小道の脇に、白い自然石が置かれた広場があります。
ここがニラーハラーの最高神の一神『東リ大主(アガリウプヌシ)』の神職者が司る御嶽であるとのことで、1713年、首里王府が編集した「琉球国由来記」にも記載されています。

現在もきれいに手入れされている聖地。
久高島の人々だけでなく、琉球王府もこの小さな島を神聖なものとして扱っていたことがよく分かります。

さて、モンパノキの並木道を抜けると白砂の海岸が広がっています。
そして、水平線の彼方は原郷とされているニラーハラー(ニライカナイ)が。

ニラーハラーとは「原郷の地」という意味で、豊穣や生命の源であり、神のいる地とされている異界のこと。年初にはニライカナイから神がやってきて豊穣をもたらし、年末にまた帰るとされ、生者の魂もニライカナイより来て、死者の魂はニライカナイに去ると考えられています。

その意味あいは、日本本土でいうところの「常世国」、「根の国」のようなものらしいです。

神々の船が停泊して島に上陸するとされる聖なる浜であるイシキ浜。
他にも穀物起源神話の舞台地でもあります。

昔大里家にシマリバー(女)とアカツミー(男)が住んでいました。
ある日、アカツミーはイシキ浜で漁をしていたところ、沖の方から白い壺が流れてきた。
アカツミーは壺を拾おうとするが、沖に戻されてなかなか取れないので、アカツミーはそのことをシマリバー相談しましました。

シマリバーは、『まずヤグルガー(井泉)で身を浄めて白い着物を着て挑めば白い壺は取れる』と、教えてくれました。

アカツミーはその教えどおりにして再びイシキ浜に行き、取ってみることにしました。
そると、先程…

沖縄久高島巡礼 フボー(クボー)御嶽 琉球最高の聖域

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念願の初日の出を伊敷浜から拝んだ後、「新年」の御挨拶をするためにフボー(クボー)御嶽(ウプウガミ)へ向かいました。

「神の島」久高島(沖縄)で拝んだ初日の出 (リンク)

久高島の御嶽は、現集落の北にあり、彼らの祖先たちが生活していた場所であり、現在もその魂(マブイ)が鎮まっているところ。その後、祈願の場所(祭祀空間)として位置づけをしてきたといわれてます。

フボー御嶽は、琉球開闢神話にも登場する御嶽で、琉球七大御嶽のひとつといわれている霊所。
男子禁制の聖地とされ、現在は女性も含めて立入禁止とされております。

1923年発行の折口信夫著「琉球の宗教」にも、『(御嶽で)最有名なのは、島尻に於ける久高島、国頭に於ける今帰仁のおとほしであるが・・・』と記されているとおり、この御嶽は往古より知られた聖域だったのでしょう。

まずは、首里への遥拝所であるワカリカサ、玉城への遥拝所があるティリリサカがある入口へ。
入口の先は鬱蒼とした原生林が広がっていてとても神秘的です。

ちなみに、フボー御嶽の名は、聖木であるクバの木が生い茂ることから『クバの御嶽』と称されたことが由来という説があります。

そして、ここがウフウガミと呼ばれる円形の中心祭場へ繋がる参道。
ウフウガミの北側にはイビと呼ばれる小さな香炉があるという。
数メートル先に張り出している大木の下には大きな石が敷かれていて拝所とされています。

御嶽には鳥居や社殿といった人工の物は何もなく、ただ鬱蒼とした森が広がっているだけ。
これこそが、古代から続く祭祀空間だったのであろう。

珊瑚岩の先は立ち入り禁止。
しかし、岩の辺りにしゃがみこんでみると、どういう訳だか優しく生温かい空気がフワッと身体全体を包んでいるような気がしました。

本当に不思議な感覚。
とても心地良く心鎮まる空間にただただ感動。

木々のトンネルの先にはどのような風景が広がっているのであろう。
想像力がどんどん膨らんでいきます。

「初日の出」に照らされた御嶽の森。
緑がとても瑞々しく輝いておりました。
最高の地を巡れたことに感謝です。

次回は、再びイシキ浜へ。

久高島を食らう 「とくじん」ピザ浜での夜

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島の夜は早く、あっという間に真っ暗になってしまいました・・・。
お腹が減ったので、『とくじん』という食事処にて夕食を食べることに・・・。

海ぶどうは、プチプチトロトロでとっても美味しい♡
(東京くんだりで食べる海ぶどうとは全然違いました!!)

こちらはジューシー定食。
ジューシーという炊き込みご飯と、お祝いのときに食べられるニガナと刺身を和えたもの、アーサー汁というあおさの汁物、もずくの天ぷら、そしてこれまたお祝いのときに食べられる沖縄ぜんざいなどがセットで1000円!
多分大晦日だったというのもあったのかな?

ニガナが私の口にあうようで、とっても美味しかったです。
(こっちでも食べたいな・・・)

そして、もずくの天ぷら!
なかなか珍味でこれまた美味しい!!

そして、メインディッシュはイラブー汁定食ー!
これをトライするために久高島に上陸したといっても過言ではありません(笑)
イラブー汁は濃厚だが、そんなにくせがなくてとても美味しいし、疲れた身体にエネルギー充填できました!!

とくじんで食事した後、ピザ浜で開催されていた「久高島年越しあしび」なる飲み会に参加しました。
世間では「大晦日(12月31日)」だったのですが、久高島では旧暦なので「ただの一日」。
とはいえ、わざわざ島に訪れた観光客に対するちょっとした『おもてなし』だったのでしょう。
(ちなみに、久高島の夜は真っ暗。ライトは必携です!)

参加者は我々と一人旅でやってきた2人のみ・・・。しかし、色々興味深いお話を聞けました。
門外不出のイラブー燻製小屋の番人さんと交わしたお話や、漁のお話、温暖化のお話等々・・・。
また、沖縄では避けては通れない『リゾート開発』についてのお話もされていました。

久高島でも八重山列島の小浜島のようなリゾート開発計画の話が持ち上がり、島を二分するような大論争にまで発展したという。
今でこそ、日本全国より『神の島』と謳われている久高島だが、島の人々の苦労の上に今のカタチがあるのだな、と思うと、伝統の継承の難しさのようなものを感じました。

気付いたら、終日かかっていた雨雲が抜けて満天の星空が。
三線を奏でながら歌う沖縄民謡のせいなのか泡盛の飲み過ぎなのか定かではありませんが、とても心地良い貴重な時間を過ごすことができましたー。

次回は島の北、神域へ進みます☆