島原城と武家屋敷、そして雲仙へ

さて、島原といえば「武家屋敷」
ということで、武家屋敷を散策してみた。

両脇に武家屋敷があり、道の真ん中に生活用水路がある。
ここは島原城築城時に作られた武士の集合住宅。
鉄砲部隊中心の住居だったので、通称鉄砲町と呼ばれている。

この通りはとっても日本的で情緒溢れる雰囲気☆

武家屋敷中央の水路。
生活用水として今だに付近住民に利用されている。

(多分復元住居だろうが)武家屋敷跡。
藁ぶき屋根の木造建築で、緑と見事な位に調和している。
日本の美意識の現れ。こういう住居に住んでみたい。

住居の縁側の壁にあった月とうさぎ。
昔の人達のほうが、遊び心とウィットと想像力に富んでいたんだな。

この日はとても日差しが強く暑かった。
よって、錦鯉達も日陰で涼んでいた(笑)

そして、島原城へ。
島原城は1618年に築城。

立派な天守閣は昭和時代に再建されたもの。
このような地に不相応な規模の城が建てられたのは
きっとキリシタン弾圧の拠点として、幕府が位置づけしたのだろう。

武士の格好をしたコスプレおじさん!
(ジョークです。ポーズサンクスでした☆)
「勝利のポーズ、決めっ!」

島原城から雲仙を眺める。
そして、「行ってみたいな・・・」と、ふと思ったのであった・・・。


島原駅に戻り、雲仙行きの路線バスを探したてみたら、約2時間に1本の割合で運行していたので、衝動的にバスに飛び乗ってみた。
途中、雲仙普賢岳噴火時に火砕流が押し寄せた河川をバスが通りがかったが、下車することを躊躇してしまった。
今回の旅、最大の後悔・・・。

そして、約1時間半程走った後、雲仙温泉地獄へ到着!

実は、ここについて別途書こうと思ったが・・・

特記することが何もない(涙)

ここに立ち寄るんだったら、レンタカーを借りて
普賢岳に行くべきだったな・・・。


帰りのバスでも、素晴らしい景色が数多くあったが、もしバスから降りたら帰れなくなると思い、やはり躊躇してしまった・・・。

さらにその日は諫早の競技場で、サッカーJFLの試合(V・ファーレンvs”浦和レッズに勝った”松本山雅FC戦)があったが、旅の疲労が蓄積してしまって、どうも行く気になれず、とぼとぼと宿に引き返してしまいました(笑)


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