出雲大社 「国造り神話」とダイコク様

幸魂・奇魂とダイコク様



下の写真を見てみよう。
高波に浮かぶ黄金の玉に、両手を広げている大国主神。
これは『ムスビの御神像』と呼ばれていて、大国主神が、海の彼方からやってきた幸魂・奇魂のお蔭を頂き、葦原中国(日本)の国造りが完成することができたという古事記にある神話のひとつである。

日本の神道の概念では、神の霊魂が持つ側面には、荒魂(あらたま)と和魂(にぎたま)の2つがあると言われている。
荒魂(あらたま)は、神の荒々しい側面であり、天変地異を引き起こし、病を流行らせ人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働きで、神の祟りは荒魂の表れである。
それに対し和魂(にぎたま)は、 雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な側面であり、神の加護は和魂の表れである。

人々は神の怒りを鎮め、荒魂を和魂に変えるために、神に供物を捧げ、儀式や祭を行ってきた。この神の御魂の極端な二面性が、神道の信仰の源となっている。また、荒魂はその荒々しさから新しい事象や物体を生み出すエネルギーを内包している魂とされ、同音異義語である新魂(あらたま、あらみたま)とも通じるとされている。

和魂はさらに『幸魂(さきみたま)と奇魂(くしみたま)』に分けられる。  


『幸魂(さきみたま)』は運によって人に幸を与える働き、収穫をもたらす働きである。対する『奇魂(くしみたま)』は奇跡によって直接人に幸を与える働きである。

さらに言えば、『幸魂(さきみたま)』とは、花が咲く、布を切り裂く、物が割き分かれるという言葉のように、物が分裂し、増加繁殖して栄える力を意味する。
そして、『奇魂 (くしみたま)』とは、櫛・串の言葉のように、櫛で乱れた頭髪を解いて整える、串刺しにして、それぞれの物を統一するというように、統一し調和する力を意味する。
つまり、『幸魂』によって分化繁殖したものを統一し、調和のとれたものとして一層発展させてゆく力が『奇魂』ということらしい。

この『幸魂奇魂』の力によって、お互いの生命は正しい働きをするのである。
(Wiki、神道の本などを参照)


さてさて、大国主が御大(みほ)の岬にいたとき、海の彼方から天の羅摩船(あめのかがみのふね)に乗ってやって来る神がいた。

大国主神:「ホエー!なんとも小さい神だ。
おちびさん、名は何というのですか?」

小さな神:「ケッ」


と、大国主がその小さな神に名を尋ねたが答えなかった。また周りの者も知らなかった。

そこにヒキガエル(たにぐく)がやってきて・・・

カエルさん(たにぐく):「案山子(かがし)の久延毘古(くえびこ)様なら知っているでしょう。くえびこ様は、足があっても歩くことができませんが、天下の事なら何でも知っている神様ですよ、クエっ!」


と、助言をもらった。

大国主が早速くびえこの元に向かい尋ねてみると、

くびえこ(かかしさん):「この子はカミムスビノ神の子、少名毘古那神(すくなびこなのかみ)じゃな。きっと小さすぎて高天原から落ちてしまい、迷子にでもなったのでは?」


*カミムスビノ神(神産巣日神・・・古事記表記、神魂命・・・出雲国風土記表記)とは、天地創造をおこなった三柱の神の一体で、過去に大国主神が兄弟の八十神に暗殺された時に、彼は遣いの神を送って命を復活させた。(前回のブログ参照)
大国主:「それは可哀想に・・・高天原に届けてなくては!」

と思い、高天原(天上界)にいるカミムスビノ神のもとを向った。

カミヌスビノ神:「これこれ、我が子よ。そのお方は出雲の国を造られている神なのじゃ。おまえも国造りを手伝うのじゃ。これも修行のうちじゃぞ」

ということで、兄弟となって葦原中国(出雲)の国造りに励んだ。
すると、大豊作となり、実りの多い一年となった。

しかし国造りの途中で、少名毘古那は

「おいらは今から旅に出る。そなた独りでも大丈夫だ。」と言い、常世の国(海外の遥か遠くある国)に渡っていってしまった。

少名毘古那が去った後、作物の育ちが悪くなってしまい

大国主:「これから私一人でどうやって国を作れば良いのだろうか・・・」

と、途方に暮れて砂浜をトボトボと歩いていた。

すると、海を照らしながらやって来る神がいた。

その神は
「そなたは国造りに困っているようじゃな?」と大国主に尋ねたところ、

大国主:「はい・・・。一緒に国造りをしていたスクナビコナが遠くへ行ってしまって・・・。」
と、力なく答えた。

すると、
神:「我こそは汝の幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)なーり。丁重に私を祀れば、国作りに協力しよう」

と提案した。

大国主:「ぜひお願いします!しかし、どう祀るのですか?」

神:「大和の国を青垣のように取り囲む山々の、その東の山の頂きに身を清めて私を祀るのじゃ、ウホホッ」
と答えた。

この神は御諸山の頂に祀られた。すると程なくして恵みの雨が降り、作物が再び育つようになった。

大国主:「どうもありがとう。こんな時どういう顔をすればいいの?」
神:「笑えばいいんだよ。」

・・・なんて会話は100%ないだろうが、ますます葦原中原の国は発展していったのでした。
尚、この神(和魂)の名は大物主神といい、御諸山とは奈良・三輪山のことである。

そして、イザナギ・イザナミ(これも出雲所縁の神話があるので後程・・・)が生み出した葦原中国(すなわち日本)の国造りを完成させて、大国主神は大地を象徴する神格となりましたとさ。

-おしまい-


くえびこは案山子(かがし)という土地の神・杖の神(岐神)で、「嗅がし」や鹿驚という意味らしく、獣肉を焼いて串に突いて田畑に刺し、その臭いで鳥獣を退散させた物とも言われる。そして現在の「かかし」の語源である。
(最近めっきり見られなくなりましたが・・・)


次回はいよいよ出雲大社の境内、そして例祭の模様についてです☆
そして、大社本殿にも古事記の神話が。

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