出雲路を歩く 日御碕神社


日御碕神社へ


出雲大社を離れる為、近くのバスターミナルから路線バスで日御崎に行ってってみることにした。
バスの車窓から見る海岸線は、起伏に富んでおり、とてもダイナミック☆
ちなみに冬は、海が時化る(しける)と「潮被り」の道となり、安全に冬の「寂しい日本海」を体感できるコースとなっているとの事。

路線バスの車窓から撮影。
このような風景が延々と続く事、約30分。
ようやく日御崎バス停に到着。バス停の目前には、かの日御碕神社が!

日御碕神社は、(下宮)日沈宮には天照大御神(アマテラス)、そして(上宮)神の宮には神素盞嗚尊(スサノオ)が祭神として祀られていて、出雲大社の「祖神(おやがみ)さま」と呼ばれているらしい。

安寧天皇13年(紀元前550年くらい)創建という古い神社だが、現在の姿形は江戸幕府3代将軍徳川家光の命により、日光東照宮の翌年に建築されたらしい。

ここは日沈宮。

神代以来、現社地に程近い海岸(清江の浜)の経島に御鎮座になっていたが、村上天皇の天暦2年(約一千年前)に勅命によって現社地に御遷座致された。

御祭神は天照大御神で、天平7年(735年)の乙亥の勅にて・・・

「伊勢大神宮は日の本の昼を守り、出雲の日御碕清江の浜に日沈宮を建て、日の本の夜を守らん」

という勅命を受けるほど、古来タ日を銭け鎮める霊域として中央より幸運恵の神として深く崇敬せられた。

そして上宮である神の宮は、神代以来、現神社背後にある『隠ケ丘』に鎮座せられていたが、安寧天皇十三年勅命により現社地に御遷座せられた。

由来は、神代の昔、素盞鳴尊出雲の国造りの事始めをされてより、根の国に渡り熊成の峯に登り、柏の葉をとって占いをしてみた。

『我が神魂はこの柏葉の止る所に住むぞー!』
と、仰せられて投げたら、柏葉は風に舞い、美佐伎なる隠ケ丘に止った。

よって御子神天葺根命はここを素盞鳴尊の神魂の鎮ります処として祀った。

このように、日御碕は素盞鳴尊の神魂が鎮まった霊地として、そして根の国(死の国)の根源として中央より厚く遇せられ、神の宮は素盞鳴尊をお祀りする日本の総本宮として厄災除、開運の神と天下の崇敬をうけたという。

(以上、日御碕神社由緒HPより引用)

ここは神の宮に通じる回廊。
丁度ボクが参拝していたら、女性が「神の宮」にて百度参りしていた。
地元の住民なのかな?信心深い地であると想像。

西の海に面した鳥居の先には、微かに経島の姿が見え、ウミネコの鳴き声がやけに騒々しい。

次回は日御碕神社本来の御神体。
そして、ヒッチコックを連想してしまう小島、経島です☆

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