出雲路を歩く 女夫岩遺跡と山の神


女夫岩遺跡(猪石)


どもども、更新が遅れました・・・。
最近バタバタとしていて、色んな事が(良くも悪くも)変化しているので・・・。
まあ、きっと「転換期」なのだと思って、川の流れのように逆らわずに、流れ着いた先で初めて考えていけばよいかな、と(今は)思ってます。

そうそう、ついに島根県が沖縄県を蹴落として、長寿1位になりました^^
おめでとうございます☆

では、出雲の巨石シリーズ第3弾は「女夫岩遺跡」です☆

この遺跡は、高速道路の脇路沿いにあり、さらにこのような島根県お墨付きの目印があったので比較的分かりやすかった(笑)

ここもまた、道路工事中にたまたま発見された遺跡のようで・・・。
島根県は未開拓な地域が多いのだから、きっと「風土記」に記載されていると思わしき場所を掘ってみると、遺構や昔の生活道具、そして祭祀用道具等がザクザクと掘りだせるに違いない。

まるで、遺構やストーンサークル群が泥炭地の下に数多く眠っているとされているアイルランドのよう!

ちなみに詳細はこの看板をご覧くださいませ☆
蛇足ながら、出雲風土記で「猪石」の伝承話をすると・・・

むかしむかし、大国主神が犬を使って追い込んだ猪(しし)の2つの石像が南の山にあったとさ。そこで猪石(ししいし)にちなんで、この地を「しし(宍)道」と呼ぶようになったとさ。また犬もまた石に化したというのだとさ。

-おしまい-

ムムムっ・・・訳が分かりませんが、そんな内容のようです。
(出典:関 和彦著「新・古代出雲史」より)

ところが猪石は、女夫岩の近くにある石宮神社の鳥居両脇にある巨石の事を指し、さらに拝殿後ろの御神体が「犬石」とされているので、女夫岩のことではないとされてきた。
とはいうものの、石宮神社の猪石は、実際は山麓の平地に所在しており、「南の山」という伝承には合致しない。

そこで、再び脚光を浴びたのが、ここ女夫岩なのである。

この岩が鎮座している場所は小高い山の頂にあり、さらに1996年の発掘調査で、多くの祭祀用土器が出土している。

何より岩の色や配置、森の中の静寂とした空間内に漂う不思議なチカラ。
ボクは(実際のところどちらでも良いが・・・)こちらが「猪石」であったのではないか、と思う。

猪は古来「山の神」とされていている。

古事記を例に挙げると、闘神である日本武尊(ヤマトタケル)は、己の力に慢心していたあまり、猪の姿をした山の神に「あとで始末してやるからな」と言い侮辱して怒らせてしまい、猪は天罰として、ヤマトタケルの頭上に大きな雹(ひょう)を降らせて致命傷を与えたという話がある程、畏れられていた。

もっと聖なる山や自然に敬意を払わなければならない、そう強く思った。

・・・ところで、何故ここが「女夫岩」と呼ばれているのだろう?
写真を見せたある友人は「これは男のナニに似ているよね?」と言っていた。。。

ボクはヒトの脳みその形に見えたのだが、名称をよく考えれば「なるほど~★」と思えた。
けれども、、、とてもバチあたりな友人です(爆)

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