出雲路を歩く 熊野大社と志多備神社のスダジイ


熊野大社と志多備神社の日本一のスダジィ


さて、話を再度出雲へ。
忌部神戸に立ち寄ったあと、名湯玉造温泉を見事に(!?)スルーして、熊野大社に向かうことにした。

熊野大社は、やはり神代から存在していた神社で、火の発祥の神社として「日本火出初之社」(ひのもとひでぞめのやしろ)とも呼ばれ、平安時代の初期までは出雲大社より格の高い神社として位置づけられていた。

境内前に流れる小川。
現在は橋が架けられているが、古来神社に入る時は己の穢れを除去するために、川を自分で渡って入場していたらしい。
その名残が手水のようである。

木製の鳥居と、手水舎、そして遠くに随神門が見える。

社伝や『神道大辞典』によると、世界文化遺産となっている「熊野古道」で有名な熊野三社(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)のうち、那智大社を除いた本宮、速玉両大社は、ともに出雲族の移住により、ここ出雲意宇郡の熊野大社の祭神を紀州に遷祀したものらしい。

現在の祭神は「伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命」とし、素戔嗚尊(スサノオ)の別名であるらしいが、元々の祭神はクマノカムロ(熊野加部呂命)で穀物の豊穣神だった。

「出雲と紀州」

「日本の原郷」ともいえる両地方は、記紀においても深く関連しあっており、遠く離れているにも関わらず、大きな結びつきや関連を裏付けできる事例が多いのは、極めて興味深い事である。

さて、ここが拝殿。
現在の建物は、昭和建築の建物らしいので、少し「いにしえ感」が薄い・・・。
本殿は拝殿の奥にあり、大社造。
神代では、現在の神社裏の「天狗山」の山頂付近にある磐座があって祭祀されていた。
その地は「元宮ヶ成(げんぐなり)」と呼ばれている。

そして本殿の脇に設置されている「舞殿」
もともとは拝殿だったらしい。
常時フル・オープン状態です。

ここは神社裏手にある荒神社と稲荷神社の朱鳥居。
緑多く囲まれていて、本当に神社は心を洗浄してくれます☆

熊野大社前の食堂で昼食を摂ったあと、折角だから熊野大社から数キロ離れた場所にある志多備神社に向かってみることにした。

田畑が広がる平地の先に、木々が生い茂る「神社的」な森の中に志多備社がある。

鳥居をくぐって、緑が茂った小高い丘を登っていくと、志多備神社に到着。
祭神は伊弉諾尊、伊弉册尊で、出雲風土記に「志多備社」の記載がある古社。
なぜ、ここに訪れたのかというと・・・

「日本一のシイの木」(通称:スダジイ)があるから☆

このスダジイはこの地区(桑並地区)を守る総荒神の宿る御神木で、枝張りは東西約20m、南北約33mで、高さは約20m、太さは周囲約11.4mで、日本一のシイの巨木である。

実際生で見ると、本当に巨大で、木から放つ癒しのエネルギーを感じることができた。
本当は木に抱きつきたかったが、柵に張り巡らされているので、(仕方なく?)根っこを撫でることで我慢した^^

そうそう、すっかり書き忘れたけど、出雲地方の神社の狛犬は前に屈んでいるのが特徴です☆

次回は、社殿が国宝となっている神社です。

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