出雲路を歩く 加賀の潜戸 (1) 奇蹟的な未開の絶景


加賀の潜戸 - 潜戸鼻まで行ってみた



黄泉比良坂で怖い想いをした後は、最大の目的地のひとつ、加賀の潜戸といわれる洞窟島へのクルージングに乗りこむべき、車を飛ばして一路日本海側へ向かった。

松江の情緒溢れる城下町もスルーして、ひと山超えて船の発着場へ向かい、最終便に間に合ったのだが、チケット売り場にはカーテンが締められて、無情にも次の看板が・・・。

「本日は時化(しけ)の為、運行中止とします。」
ガビーーン!

いくらオフ・シーズンに行ったからと言って、中止にするなよーー!

・・・と、さすがに落ち込んでしまった。
(上の写真は取り敢えず発着場の風景をパシャリました)

「ああ、僕の旅運もこれまでか・・・」と一瞬思ったが、

「だったら車で行けるところまで行けばいいじゃん」

という、ポジ且つ単純な事に気付き、陸路で進むことにしたのだが・・・

ひとつの集落(なかなか味わい深い集落だったが、停まる余裕なんぞなかった)を通過してからは、軽自動車一本入るのがやっとという位細く急坂な山道を登ることに・・・(涙)

ボク、かなりナメていました・・・(反省)

Uターン出来る事を見つけたら引き返そうと思っていたら、急に眼下に日本海が広がってきた!
そして、その光景の物凄さに目を奪われるのであった。。。

明らかに人手の加えられていない浅瀬。
剥き出しの火山岩と、生い茂った緑色の海藻、そして海面に反射して映し出された青すぎる空。

すこし海に目を遣ると、奇石・巨石の塊がゴロゴロと転がっている。
そして、足元には数多くの奇妙な軟体動物や魚といった生き物が溢れんばかりに存在していた。


まるで有史以前の地球の姿のよう!


ここは、加賀潜戸的島。
一本の松の木と独特が岩の形がとても神々しく拝見できる。

加賀の潜戸は、2つの潜戸があり、新潜戸(神潜戸)と言われる場所は、東出雲地区の祖神、佐太大神の生まれた地とされている。

『出雲国風土記』によると、佐太大神が生まれようとしていた時、母神の支佐加姫(ささかひめ)が、「暗い岩屋だなあ」と言って、黄金の弓で矢を射た ところ、洞窟が光り輝いた「光加加やけり」とされ、そのため、この洞窟が「加加」(=加賀)といわれるようになったと伝えられている。

対して旧潜戸(仏潜戸)の洞窟内には、仏になった子供らが親を慕い小石を積み上げたと伝えられる賽の河原があり、亡き子供が着衣していた服や履物がお供えされているらしい。

とはいえ、残念ながらボートに乗れなかった小生には、実際の加賀の潜戸の事は良く分からない。
しかし、人智を超えたカオスな空間に運よく足を踏み込めただけでも充分満足だし、殆どの人達が近づかない地を「独り占め」できた気分になり有頂天!

恐るべし、出雲地方の「未開の」大自然!!

ちなみに地質学的に、この地について語ると・・・

“1400 万年前頃(中新世)の島根半島は海底で、多くの海底火山が活動しており、とくに加賀と東海岸の笠浦を結んだ線より北側には、巨大な海底火山があった。この海底火山は深さ数100m の海底に
発生し、しだいに成長して火山島になったと考えられている。”

らしいです。

次回は、この浅瀬で知り合った地元漁師さんについて☆


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