上州上武紅葉の旅 榛名神社 - 社殿・御姿岩


上州~上武紅葉の旅

榛名神社 (双龍門~社殿・御姿岩)



榛名神社は、榛名山の中腹850メートルの『巌山』と呼ばれている15万平方メートルを境内地として御鎮座されている。

双龍門は安政2年(1855年)の建立で入母屋造銅板葺きの四脚門。
4枚の扉にはそれぞれ丸く文様化された龍の彫刻が施されていることから双龍門と呼ばれるようになった。
羽目板の両面には「三国志」にちなんだ絵柄が彫られており、天井の上り龍、下り龍とともに双龍門の風格を高めている。

昇り龍と下り龍の彫刻がされた門は見逃してしまった・・・><

社殿へ向かう手前に、ひっそりと奉られていた3つの小さな祠。

国祖殿
まず、写真が国祖殿。
神仏習合時代は、本地堂と呼ばれ、本地仏勝軍地像が祀られていた。
享保年間(1716~35)建築で、榛名山西部の御祖霊嶽にあったものを、本社のそばに摂社として祀るようになったと伝えられている。

尚、左側の社殿は、大小の「太々御神楽」の扁額を揚げてあることから額殿と呼ばれている。
文化11年(1814)の増築で、本来は神楽の拝見所だった。

国祖殿と呼ぶようになったのは明治時代以後の神仏分離以降。

現在の祭神は豊城入彦命(とよきいりひこのみこと・崇神天皇の皇子。上毛野国君・下毛野国君の始祖)、彦狭島命(ひこさしまのみこと・豊城入彦命の孫)、御諸別命(みもろわけのみこと)。

ちなみにこの写真は、神楽殿の彫刻。

神楽殿は明和元年(1764)に再建されたもので、仏閣を思い起こさせるような造り。
ここは、神に奉納する神楽(神代舞)を演じる場所であり、本殿と向かい合い、床の高さを同じにしている。

これは、群馬県指定重要文化財に指定されている鉄燈籠で、基礎部分は鎌倉時代に作られたと推測される、県内最古の鉄燈籠らしい。

そして、社殿。
拝殿・間殿・幣殿という作りとなっており、御姿岩内の洞窟内本殿があり、文化3年(1806年)の再建である。

現在の主祭神は火の神・火産霊神と土の神・埴山姫神であるが、水分神・高神・闇神・大山祇神・大物主神・木花開耶姫神を合せ祀る。
中世以降は「満行権現」と称され、「元湯彦命」が祭神とされていた。『榛名山志』には東殿・饒速日尊、中殿・元湯彦命、西殿・熟真道命と記されている。

ちなみに火産霊神とは、古事記によると火之野芸速男神~ヒノヤギハヤオノカミ(カグツチ)であり、火の神であったために、出産時にイザナミの陰部に火傷ができ、これがもとでイザナミは死んでしまう。その後、怒ったイザナギに十拳剣「天尾羽張(アメノオハバリ)」で殺された。

また、土の神・埴山姫神(ハニヤス)は、古事記によると、火神を産んで死ぬ間際のイザナミの大便から波邇夜須毘古神・波邇夜須毘売神の二神が化生したとする。

拝殿を正面から。
本当に煌びやかな装飾が施されている。

榛名神社は、巌山(いわほやま)という15万㎡の境内地に鎮座されていて、綏靖天皇の饒速日命(ニギハヤヒ)の子、可美真手命(ウマシマデノミコト。古事記に宇摩志麻遅命)はが榛名山中に神籬(ひもろぎ)を立て、天神地衹を祀ったのを始めとし、鎮座し、用明天皇元年(586年)に社殿が造営されたと伝えられる。
(御由緒より)

御姿岩と間殿。
本殿は巨石の中の洞窟内にご鎮座されている。

そして、御姿岩よ・・・。

とっても不安定・・・(冷汗)

御姿岩の形、そして岩に自生している木々を見ていると、自然や生命の逞しさに感動。

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