信濃探訪 : 諏訪大社下社春宮と旧中山道


信濃國一之宮 諏訪大社 下社春宮

(長野県諏訪郡下諏訪町193御鎮座)

諏訪大社秋宮参拝後、旧中仙道を歩きながらこの日の最終目的地である諏訪大社下社春宮へ向かう。

旧中山道
旧中仙道には、地元民が入湯するような大衆温泉や興味深い石碑、そして古風な街並が残っていた。

旧中山道と諏訪大社参道の分岐。
年代は定かではないが、古くからあるそうな石碑が建っている。

高台から見た上諏訪の街。
とても良い眺めですね☆

大鳥居
さて、入口の御影石の大鳥居は万治二年(1656)建立と推定され、境外にある万治の石仏(次号にて紹介)と同じ作者と言われている。

諏訪大社春宮 境内
神楽殿と拝殿、左右片拝殿及御宝殿と続く建物の配置は秋宮と同じ。神楽殿は修改築が幾度となくなされている。
春宮と秋宮の社殿の建替が諏訪藩に依っ て計画された時に同じ絵図面が与えられたと見え、大きさこそ違いますがその構造は全く同じで、春秋両社の建築は彫刻に於て技が競われていた。
春宮の社殿は地元の宮大工柴宮(伊藤)長左衛門が請負い、秋宮より後から着工して一年早く安永九年(1780)に竣工。
(諏訪大社御由緒より)

神楽殿
ここは神楽殿。
とても厳かな雰囲気が漂っている。

幣拝殿
神楽殿の奥にある社殿は、幣拝殿。
この奥に御宝殿が鎮座されている。
御宝殿奥の御神木は春宮では「杉の木」で、秋宮は「一位の木」が祀られている。
対する上社の場合は、守屋山を御神山としていおり、本殿を置かない神社である。

ところで上社と下社では、奉祀する神職の長が、上社では神別(祭神の子孫)、下社では皇別(皇族の子孫)とされている。

下社の御祭神は、春宮と同様に、建御名方神(タケミナカタノカミ・・・出雲大社の御祭神である大国主命の御子)と八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)の二神に併せて八重事代主神(タケミナカタの兄)を合祀している。

八坂刀売神は、安曇氏系海神の女とする説があり、建御名方神の「名方」は、江戸時代の国学者本居宣長によると、阿波の名方郡名方郷に由来するという。
また、安曇郡式内川会神社の社伝には、「建御名方命の后は海神の女なり、太古海水国中に氾濫、建御名方とその后は治水のために水内山を破って水を流し越海へ注ぎ、始めて平地を得た。」とある。
山に囲まれた信濃なのに、何故海神が?

それは、後の安曇野散策・本宮や守矢史料館などの号にて明らかになると思われ(!?)

春宮の御柱


例大祭は遷座祭(お舟祭)と呼ばれ、八月一日に開催される下社例大祭で、二月一日に春宮にお遷しした御霊代(みたましろ)を神幸行列を以て再び秋宮へ御遷座する遷座祭に引続いて下社例大祭が秋宮で執行される。

この遷座の行列 に次いで青柴で作った大きな舟に翁媼の人形を乗せた柴舟が当番地区(御頭郷)の氏子数百人に依って春宮から秋宮へ曳行される。

すなわち神様は2月~7月末は春宮にいて、8月~1月末までは秋宮に入らっしゃるという事。

ちなみにこの橋は、身分に拘わらず馬から下りて渡らなければならないとされていたらしい。

下馬橋
そして、境内外の参道に残されている橋梁跡は『下馬橋』と呼ばれている。

この橋自体は室町時代の建立だが、建築様式は鎌倉時代のもので1730年代の元文年間に修築された下社では最も古い建物で、遷座祭の折に神輿はこの橋を渡っている。


次回は駅ポスターなどで有名な万治の石仏です☆

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