信濃探訪 : 信濃国一宮 諏訪大社上社本宮


信濃國一之宮 諏訪大社上社本宮

(長野県諏訪市中洲宮山1御鎮座)


さて、話を帝都の社から諏訪へ戻します・・・。
前日は諏訪湖周辺をうろついていたので、この日は茅野市にある諏訪大社上社周辺と、蓼科方面へ向かうことにした。

ホテルの部屋から上諏訪を眺める。
今日は朝から雲ひとつない快晴!

早速レンタカーを借りて、(足長神社を挟んで)諏訪大社上社本宮へ。

一の鳥居
足長神社を参拝した後、国道から離れたら、一之鳥居が姿を現した。
まだまだ数キロ先なのに・・・と思いつつ、蒼い空と背後の神奈備(諏訪大社上社の御神山)の美しさに目を奪われる。

そして、駐車場に車を停めて、本宮に向かって参道を歩いていると・・・
こりゃまた凄い人だかり!
来訪時期は折しも小宮御柱祭の真っ最中。
どこかの神社の柱曳き神事なのだろう。

・・・ということで、ちゃっかり記念撮影のところに混じってパシャリ☆
氏子さんや見物客の笑顔を見ると、自分も何だか嬉しく感じてしまう。

そして、本宮に到着。
手水舎の御水は、諏訪大社ならではの温泉水。

明神湯(手水)
あったかーい気分になり、いざ参拝へ。
塀重門をくぐれば、すぐに参拝所や拝殿に行くことが出来るが、今回は折角なのでのんびりと境内を一周してみたいと思う。

御沓石
御一之柱脇に紙垂が張られている巨石が諏訪七石のひとつ、御沓石。
境内には硯石があるが、禁足地のため拝むことができない。

神楽殿
案内標識通り進んでいくと、先ず目に飛び込んだのが、神楽殿。
この神楽殿は文政十年(1827年)の建立で、色々な神楽が連日行われていたようだったが、残念なことにその神楽は現在絶えているとの事。


尚、神楽殿内にある太鼓は江戸時代のもの。(たぶん左側?)
現在では、元旦の朝のみ打つことになっているらしい。

神楽殿脇には土俵もある。
ここで奉納相撲が行われているのであろう。

大木と、その先に見える御柱と鳥居、そして木洩れ日によって大地に写る自然が織りなす風景。
背後にある鳥居がとても美しいですね♪


二之御柱と、参拝入り口の布橋門。
ここから摂末社や宝殿等を拝む事ができる布橋という長廊下の道へ入る。

布橋
ここが、布橋。
長廊下を通って、参拝所へ向かう。

御由緒

諏訪大社のご鎮座の年代、起源等の詳細は不明だが、日本最古の神社の一つに数えられており、全国一万有余の諏訪神社の総本社である。

上社本宮の昔の建物は極彩色が施されていたが、天正十年(1582)に織田信長の兵火のため、山中に逃れた神輿の他はすべて焼失。
この時まず仮殿が作られ順次再建され社殿は元和三年 (1617)に完成。

その後約二百年を経て諏訪藩主に依り社殿の改が計画され、天保二年から九年 (1838)迄八年の歳月を要し現在の社殿が落成。

尚旧殿の拝殿は嘉永二年(1849)に郡内の富士見町乙事の諏訪神社へ移築され、桃山時代の代表的建造物として重要文化財に指定されている。

四脚門
本宮最古の建物は四脚門で、慶長十三年(1608)に徳川家康が家臣大久保石見守長安に命じ、国家の安泰を祈願して造営寄進したもので、別名を勅使門とも言う。

門の右側にうっすらと見える建物が宝殿であり、四脚門の東西両脇に鎮座している。
本宮で最も大切な御殿で、寅年と申年毎に交互に建て替えがなされて、遷座祭がおこなわれる。

長ーい、布橋を渡りきって、塀重門をくぐると参拝所、そして幣拝殿が鎮座されている。

諏訪大社上社本宮 幣拝殿
幣拝殿と片拝殿のみで本殿を持たない、諏訪造りという独持の様式。
中でも本宮は諏訪造りの代表的なもので、建造物も四社の中で一番多く残っている。
また神体山を拝するという大きな特徴を持つ。

御祈祷の最中だったからか、斉庭には厳かな雰囲気が漂っていた。
ちなみに参道から見ると本道がそっぽ(横)に向いているため、「大きく願いごとをしなければ聞いてくれない」と言われている。

ちなみに、この幣拝殿。
御神山の下にあるべきなのに、何故か上社前宮を背にして鎮座されている。
何故なのだろう??

参拝した日は『小宮御柱祭』真っ只中で、参拝客や見物客も多かったので、次回ご参拝の機会があれば、静かーな時間にひっそり・のんびりと参拝したいな、と思った。


次回は・・・『洲羽の本質』に迫ります☆
尚、動物愛護家の方々は見ないで下さいね!

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