信濃探訪 : 尖石縄文考古館 (2) 「ドム型土偶」とご対面


尖石縄文考古館(2) 

「仮面の女神、そして黒曜石や土器など」


「縄文のビーナス」に続いて、第二の目的。
自称『ドム型土偶』こと、「仮面の女神」

でもその前に小さくて、とてもシュールな土偶頭部もご鑑賞あれ☆

そして、「縄文のビーナス」の脇隣りに展示されている重厚な土偶、これこそ「ドム型・・・もとい仮面の女神」と呼ばれる重要文化財である!
足の重厚感は、宇宙戦闘用に改良された足バーニアを搭載したリック・ドムのよう^^

「仮面の女神」の愛称をもつこの土偶は、茅野市湖東の中ッ原遺跡から出土した、全身がほぼ完存する大形土偶。全長は34センチ、重量は2.7キロあります。顔に仮面をつけた姿を思わせる形であることから、一般に仮面土偶と呼ばれるタイプの土偶で、今から約4000年前の縄文時代後期前半に作られた。

「仮面の女神」の顔面は逆三角形の仮面がつけられた表現になっている。
細い粘土紐でV字形に描かれているのは、眉毛を表現しているのでしょうか。その下には鼻の穴や口が小さな穴で表現されている。
体には渦巻きや同心円、たすきを掛けたような文様が描かれている。足には文様はなく、よく磨かれている。

この土偶は、土器と同じように粘土紐を積み上げて作っているため、中が空洞になっている。こうした土偶は中空土偶と呼ばれている。

(以上、茅野市役所HPより抜粋)

全体から見ると、重厚な感じで男性のように見えるが、実は妊婦だとされている。
腹部を拡大してみると、おへそのあたりを中心に膨らみと円型の文様が施されて、しかも局部には女性器がくっきりと・・・。

縄文時代全般を通じて見られる土偶は、環太平洋地域の食物栽培民の間に広く分布する作物起源神話に結び付けられる。

土偶はばらばらに壊されて散在して出土する例が多いことから、(尚、この「仮面の女神」も右脚が故意に破壊されていた)土偶を作物起源神話に登場する女神、大地を司る神=地母神を表現した姿と捉え、生命の再生と収穫物の豊穣を祈願する祭祀儀礼に用いたと考えられる。

(埼玉県立さきたま史跡の博物館発行 「祈りとまじないの考古学」より抜粋)

ちなみに埼玉県でも土偶が発見されており、「みみずく型土偶」という奇妙な姿をした土偶が鴻巣市赤城遺跡より出土されている。

尚、当方所有のさきたま史跡の博物館発行の書籍には、コジコジのヤカンくんのような人面付注口土器やら、ひげ面オヤジの土偶形土器など、さくらももこでさえお手上げな程の世界観を持っていたようです。

続いて、ここ長野では、『黒曜石』と言われるガラスに似た特性を持つ火山石が採取できる地でもあり、
旧石器時代~縄文時代にかけて、狩猟用の矢じりやナイフなどとして使用されていた。

日本では栃木県高原山や神津島や新島にて黒曜石を採掘して、交易品として関東地方、静岡、そして長野方面まで流通されてて重用された、古代文明を語る上で非常に重要な石である。

 その他長野で出土された数多くの縄文式土器をご覧あれ~。

火焔式土器の激しさ、うねった文様の美しさ。
そして、丹念に磨かれて精巧に作られた土偶。

現在の諏訪地方は、セイコーやエプソンに代表される精密機器の製造業が中心であるが、こういった伝統は、縄文時代からの『ものづくり』DNAによって、現在にまで受け継がれているのかな、と思いつつも、ここ10年間の海外展開によって、廃工場が目立ち始めたのは実に悲しい。
(実は小生も久々に訪れて、諏訪における製造業衰退の現実を目の当たりにして、かなり衝撃を受けたと同時に寂しさのようなものを強く感じた)

どうか、『ものづくり』DNAを未来へ受け継いでもらいたいと、切に願う。

さてさて、このような偶像は日本に限ったものではない。

ここ尖石縄文考古館には各国の古代像も展示してある。

ブリテン島が氷河に覆われ、ヨーロッパ大陸と陸地続きになっていた寒冷期の27,000~25,000年前。
旧石器時代のヨーロッパ全土でも広く作られていた。

但し土製でなくマンモスの牙を削って作製されている。

上の写真は「レスビューグ・ビーナス像」で後期旧石器時代オーリニャック文化期の代表的作品で、約25,000年前のもので、フランス・リドー洞穴で出土されたもの。
豊満な女性の肉体は、「仮面の女神」同様に、子孫繁栄・猟獣繁栄を祈願したとされている。

こちらも、フランスで出土された約23,000年前(後期旧石器時代マドレーヌ文化)の像で、マンモスの牙を用いている「ブラッサンプイ・ビーナス像」で、「フードをかぶった貴婦人」とも言われている。

この時代の文化の担い手はクロマニヨン人と呼ばれる狩猟民族で、スペイン北部からフランス全土に分布し、スペインのアルタミラ洞穴等の著名な洞窟壁画が描かれたのと同時代の作品である。

そして最後は・・・
『撮影禁止』を無視して撮影してしまいました(汗)

有名なハート型土偶で、群馬県郷原遺跡で出土された約4000年前のもの。

4000年前から「ハート」の形をした仮面、そしてシェイプが存在していたとは・・・。この創造力はどこから由来していたのだろう? そして、いったいどのような意味が込められていたのだろう??

そして、縄文時代の妄想ファッション♪
基本的に麻で出来たお洒落なデザインに仕立てられています^^

きっと、2011年は『縄文系』の言葉がファッション誌に躍ることでしょう(嘘)

そして、再び尖石遺跡へ。
心なしか、考古館入場前とは異なった印象で眺めていた。

太古のロマン、そして4000~5000年前のヒト達に対する尊敬の念。
そんな気分にさせてくれた地であった。


次回は・・・まったり、大自然でも見ていきましょう(笑)

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