信濃探訪 : 尖石遺跡 - 太古の浪漫を感ぜよ


尖石遺跡と与助尾根遺跡


諏訪大社前宮をあとにして、一路蓼科高原へ。
途中腹が減ったので、国道沿いにあったお蕎麦屋で昼食。


信州において本当に美味しい蕎麦屋は、人里離れた場所や民家にあったりする。
美味ければ、立地なんて関係ない。その点は讃岐うどんの本場に近似していると思う。
(以前月イチで長野出張に来ていたので、顧客に教えてもらっていた^^)

案の定、国道沿いの蕎麦屋は・・・(以下略)

・・・と、苦虫を噛んだ気分(?)で表に出たら、軒先の前で矢ケ崎地区の神社の氏子達が結集して(!?)、蕎麦屋さんの繁盛を祈願する歌と踊りを披露していた。
折角だし、御利益がありそうなので、店主さんと一緒に見ていました^^

手長神社の掛け声とは全く違う『山岳系』の掛け声と旋律。

隣町なのに、全く小宮御柱祭神事の雰囲気が異なることに驚き☆
きっと数100社の小宮それぞれの御柱神事があるのであろうな、と感じた。

ともかく、やはり『旅運』の良い男だ、うん。

メルヘン街道を突っ走り、この日最大の目的地のひとつ尖石遺跡へ。

尖石遺跡は、八ヶ岳の西麓、海抜1,070mの大扇状地上にある縄文時代中期(BC5000年前)の集落遺跡。この地に竪穴式住居跡33ヶ所をはじめ、53ヶ所の炉跡や列石、竪穴群、屋外埋甕などが発掘された。

またこの集落遺跡は、東西170m・南北90mの範囲をU字形に巡り中央に広場が存在していたことが判明し、日本で最初の縄文時代の集落の存在が確認された遺跡となった。

尖石遺跡から沢へ下っていくと、この地の由来となった『尖石』がある。
『尖石』の名は、遺跡の南側数百メートルにある安山岩性の三角錐状を呈する巨石「とがりいしさま」からつけられたもの。

高さ1.1m、底径1mの巨石で、縄文時代に磨製石斧を製作した際に、共同砥石として使用されていたという説や、八ヶ岳連峰の赤岳(標高2899m)を、ここに迎えて祭ったご神体ではないかとの説もある。

ちなみに、「とがり石」の地下には宝が隠されているとの伝承から、ある時こっそり村人が掘ってみたところ、その夜にたちどころにおこり(発熱)に罹って死んでしまったという話があり、やがて人々はこの石を神聖視するようになったらしい。

そして尖石考古館を挟んで、沢の向こう側に与助尾根遺跡という集落遺跡も発掘。
ここでは、28ヶ所の住居、石鏃10、打製石斧14、破片4、磨製石斧、石皿、凹石など多数を発掘している。

竪穴式住居が再現されていたので、試しにお邪魔してみた。

天井は思ったより高く、通気口のせいかじめっとした感じもせず、ちょっと快適かも^^

ちなみに玄関は屈まなくては入れない程の低さ。
縄文人は背が低かったのか、それとも空気を循環させる工夫なのか、建築家でないのでよく分かりません。

竪穴式住居の天井の形が、伊勢神宮を代表する神明造の本殿の姿と、どことなく似ているように思えた。
まるで天に向かって張り出した2本の千木(ちぎ)は、古代祭祀から数千年の時を経てヤマト王権、そして現在の日本国へと繋がっているように思えてならなかった。


次回はいよいよ信濃旅最大の楽しみ
『縄文のビーナス』とご対面~。

Comments

Popular posts from this blog

沖縄久高島巡礼 徳仁川拝所と久高島の町並み

信濃探訪 : 守矢史料館 一子相伝の古代諏訪口伝

「今伊勢に坐する元伊勢」 酒見神社