相模國古社巡り -3 平塚八幡宮


相模國古社巡り

3 平塚八幡宮

(平塚市浅間町1-6御鎮座)

前島神社の次は、平塚八幡宮。
平塚駅前にあり、由緒ある古社のようなので参拝してみた。

正面鳥居と、鶴の神紋をあしらった巨大な提灯に驚かされた。
この日は澄み渡るような晴天、心躍る。

境内は・・・
ここも大勢の参詣客で賑わっていました><
有名な鶴岡八幡宮だったならば、さらに激混みだったんだろうな・・・。
なので、拝殿も端から申し訳なさそうにパシャリ。

こちらは拝殿脇にある摂末社。
左 神明社(御祭神:天照大御神、事代主神(えびす様)、徳川家康公)
中央 若宮社 (御祭神:仁徳天皇)
右 諏訪社 (御祭神:建御名方神)


そんな、平塚八幡宮の御由緒について・・・

平塚八幡宮は、應神天皇、神功皇后、武内宿禰命を御祭神に、その昔「鶴峯山八幡宮」と称し相模國一國一社八幡宮として、また「鎮地大神」と仰がれ、数多くの方がご参拝に訪れる。

社伝によると仁徳天皇の六十八年、この地方に大地震があり、人々の苦しみの様を聞かれた天皇が国土安穏を祈願して應神天皇の御神霊をお祀りされたのが始まり。

また、推古天皇の御代にも大地震があり、人々を案じられた天皇は「鎮地大神」の御宸筆を捧げて国家安泰を祈願して社殿を造営し、さらには天武天皇がこの地の税の三分の二を寄進、文武天皇は宝剣「天晴彦(あめのはるひこ)」を御奉納になりました。

寛永十四年筆録の八幡宮記、新編相模風土記によると、聖武天皇は『相州一国一社』の霊場として法華経を奉納。また東鑑によると、源頼朝公が夫人政子の安産を祈願して神馬(白馬)を献上し、徳川家康公は天正十九年社領を寄進、慶長年間には自ら参拝し、同年間の末頃に伊奈備前守忠次へ命じて戦火で荒廃していた社殿を再建させた。

明和二年平塚宿の僧本誉還真が十八年間集めた浄財で青銅鳥居を奉献、奉賛者名は今も鳥居に刻まれて境内にある。
明和六年、官の達示により社名を「八幡神社」と改称。

大正十二年大震災があり、被害は大きく御社殿も崩壊したが、氏子、崇敬者の尽力のもと昭和三年に再建され、これが現在の御社殿となる。

青銅鳥居

昭和二十八年当社は神社本庁が包括する別表神社となり、昭和五十三年八月に現在の社名である平塚八幡宮へ改称、そして昭和五十六年には創祀千六百年を迎えた。
(以上、略記より抜粋)


次回は「二宮駅」へ。

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