武蔵國探訪記 -7 鷲宮神社 其の一


武蔵國探訪記 -7

鷲宮神社 (1)

(埼玉県久喜市鷲宮1丁目6番1号御鎮座)

いよいよ、鷲宮神社へ。

『アニメの聖地』だという事を知ったのはつい最近で、北埼玉在住歴のある人に教えてもらって、「ギョヘッ!」っとしてしまい、元日から少し期間をおいて訪ねてみた。

日時も選んだせいか、「その筋」の方々の巡礼は皆無。

元荒川の支流、星☆川。
社叢がこんもりとしてて、良い雰囲気^^
風が冷たいものの、太陽の光が身体を温めてくれる。

そして社頭へ。
色褪せた朱色の大鳥居がとてもよい感じ。

参道は長く、古社の佇まいを残している。
(レンズの光も写っていますが、御許しを・・・)


この辺で、御由緒を。

鷲宮神社の祭神は、天穂日命、武夷鳥命・大己貴命。

当神社は、出雲族の草創に係る関東最古の大社である。
由緒は神代の昔に、天穂日宮とその御子武夷鳥宮とが、昌彦・昌武父子外二十七人の部族等を率いて神崎神社(大己貴命)を建てて奉祀したのに始まり、次に天穂日宮の御霊徳を崇め、別宮を建てて奉祀した。
この別宮が現在の本殿である。

また、古く土師部(素焼きの土器などを作る人々)の移住地と伝えられ、社名も「土師の宮(ハジノミヤ)」と称したといわれている。この『ハジ』が『ワシ』に転訛して『鷲宮』になったとのこと。

拝殿

崇神天皇の御世には、太田々根子命が司祭し、豊城入彦命、彦狭島命、御諸別王が、それぞれ幣帛を奉納した。景行天皇の御世には、日本武尊が当社の神威を崇め尊み、社殿の造営をし、併せて相殿に武夷鳥宮を奉祀した。桓武天皇の御世には、征夷大将軍坂上田村麿が、武運長久を祈り奥州鷲の巣に当社の御分社を奉祀した。

拝殿と御神木

中世以降には、関東の総社また関東鎮護の神として、武将の尊崇が厚く、歴史上有利な武将だけでも藤原秀郷・源義家・源頼朝・源義経・北条時頼・北条貞時・新田義貞・小山義政・足利氏歴代・古河公方・関東管領上杉氏歴代・武田信玄・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康等があげられ、武運長久等を祈る幣帛の奉納や神領の寄進、社殿の造営等がなされた。

なかでも江戸時代には、四百石の神領を与えられ、代々の将軍の名で朱印状が残されている。

明治天皇の御世には、神祗官達により准勅祭社に定められ、勅使参向のもと幣帛の奉納がなされた。そして明治天皇行幸の際、当社に御少憩され、祭祀料として金壱封を賜り、昭和天皇の御世にも、幣帛を賜り、現在は別表神社に指定されている。
(以上、鷲宮神社御由緒より)

本殿

ところで、鷲宮神社には本殿が2つある。

拝殿から見て・・・
手前(左側) - 別宮神崎神社本殿(祭神:大己貴命)
奥手(右側) - 鷲宮神社本殿(祭神:天穂日命・武夷鳥命)

他の方々のホームページ等を見てみると、左右表示が逆になっていたり、不明確な点があったので、直接神社に確認を取ってみた。

「左側は神崎神社本殿、右側が鷲宮神社本殿。当初、祭祀時には両宮を奉っていたらしいが、時代の変遷と政治的な流れで、鷲宮神社本殿と拝殿を繋げて、神崎神社を別宮としました。」
らしいです。

その政治的な流れという言葉が気になって、色々調べてみた。

鷲宮神社の御祭神、天穂日命は、アマテラスとスサノオが誓約をしたときに、アマテラスの右のみずらに巻いた勾玉から成った事から、アマテラスの第二子とされている。

その後、葦原中国平定(国譲り神話)のために出雲の大国主神(大己貴命)の元に遣わされたが、大国主神を説得するうちに心服してその家来になってしまい、地上に住み着いて3年間高天原に戻らなかった。
その後、出雲にイザナミを祭る神魂神社(島根県松江市)を建てたとされる。

そ して、御子神である武夷鳥命(たけひらとりのみこと)は天日照命(あめのひなでりのみこと)とも称され、「古事記」にて出雲国造・无邪志国造(武蔵国)・ 上菟上国造(上総国中部・・・千葉県市原周辺)・下菟上国造(下総国)・伊自牟国造(上総国東部・・・千葉県長生郡・茂原市の一部、いすみ市・勝浦市周辺)・津島県直(対馬)・遠江国造(静岡県西部)等の祖神であったと記されている。


拝殿と向かい合うようにして建てられている神楽殿。
国指定重要無形民俗文化財『土師一流催馬楽神楽』という関東地方に分布する神楽の多くが、この土師流から派生したことから、『関東神楽の源流』と称されている。


「みひかりの池」

『古来よりこの池には、龍神様がお住まいになられていると言い伝えられてきました。しかし永い年月の間に風雨等により土砂が流れ込み、池が埋もれておりました。

平成11年より、古来の御神池に復元すべく土砂の搬出をしておりますと、池から湧水が溢れ出て、龍のような雲が空を覆いました。
その時に「天まで光り輝くような池」という御神託を受け、池の名を光天之池と名付けました。』
(境内看板より)

姫宮神社

アフターストーリーとして・・・

『御神池や境内の整備を熱心に行った姿を見た神々は、褒美として「らき☆すた」の舞台地にこの神社を使用させました。すると数多くの参拝客が訪れてお賽銭で潤い、鷲宮神社は全国に知れ渡るようになったとさ。』
(これは創作)

久伊豆神社
でもきっと、そうだと思う。
今の「鷲宮フィーバー」は龍神様からのご褒美に違いない。
そう思ってしまう程、この神社はしっかりと整備されていて『心地よさ』を感じてしまう。

この神社で一番な場所は鬱蒼とした「鎮守の森」
風の音、葉のゆれる音、小鳥のさえずりと、フレッシュな酸素・・・何度も何度も深呼吸して、ココロを落ち着かせることが出来た。

そして、神社から駅に向かう帰り道・・・。
「団体さま」とすれ違いました^^;


次回も鷲宮神社です☆

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