キノミヤを追いかけて-11 葛見神社


キノミヤを追いかけて

11 葛見神社

(静岡県伊東市馬場町1-16-40御鎮座)


宇佐美駅からひと駅で温泉地、伊東駅へ。
ここはさすが全国有数の温泉街のひとつ。
いかにも高そうな高級旅館が立ち並んでいた。

伊東駅から徒歩20分強で本日最終参拝社である「葛見神社」へ。

社頭


実はこの神社。
宿泊する旅館からそう遠くは離れていないので、翌日参拝する予定にしていたが、翌日は大荒れな天候になるという予報を聞き、疲れた身体にムチを打って参拝することにした。
社殿


葛見神社は『伊東家の守護神』として有名で、「平安末期の源平合戦のキーパーソン」、赤穂浪士の討ち入りと伊賀越えの仇討ちに並ぶ、日本三大仇討ちの一つである「曾我兄弟の仇討ち」の主人公の祖父であった伊豆國の武将、伊東祐親の墓が神社裏手にあったことなど、参拝時にはすっかり忘れていた・・・。
扁額


御由緒

祭神 葛見神、倉稲魂命 (稲荷神) 大山衹命

全国屈指の老樟が千古の緑を湛えて神域に聳える当葛見神社は、今から凡そ千数十年昔の延長五年に制定された延喜式神名帳所載の久豆彌神社に当てられる古社であります。

往古、伊豆の東北部を葛見の庄と称し、当神社は此の庄名を負い、約九百年前昔、葛見の庄の初代地頭工藤祐高公(伊東家次・・・伊東家の祖)が守護神として社殿を造営し、京都伏見稲荷神を勧請合祀してから、伊東家の厚い保護と崇敬を受けて神威を高めてきました。

このことは元禄十年(1697)の棟札に、「葛実大社岡村稲荷者藤原朝臣鎌足十六代後胤工藤大夫祐高之修造也」と記されていたり、慶長十五年(1610)の棟札に「藤原氏伊東正世公伊東郷住人鈴木近守仰而焼失後造立」ということからも判明いたします。
巨石(上には木の皮が置かれていた)


明治迄は代々の領主から供米が献じられ、又、岡明神と称えて地方民の氏神として信仰されてきました。
このような由緒により、明治六年四月新制度により、旧伊東、小室ムラの唯一の郷社に列格されました。近年も伊東在住の元首相、故若槻礼次郎氏の崇敬を受け、老樟を讃える石碑を寄進しました。
そして、この大木が葛見神社の由来になった国天然記念物の『大樟』

(大樟)
神木の巨樟は樹間二十メートル、樹齢千数百年といわれ、本多静六林学博士の著書「大日本老樹名誌」では、全国第二の老樟とされ、昭和八年二月、文部大臣から国天然記念物に指定されました。

老樟を讃へる勺(たたえ)水 
霊怪神龍に似たり  晴天雲南起す
誰が図らむ稜谷の変  一木千古を支ふ

(日下寛識)作五言絶句

(御由緒より社頭掲示板より転記・・・誤りあったらすいません)

巨木から発せられるパワーにもびっくりしたが、何よりもびっくりしたのが、お供え物のお酒をちゃっかり晩酌している猫^^

三脚があれば、もっと良い写真が撮れたけど・・・。

ちなみに高露出なので明るく見えますが、実際は樟の木と夕暮れに参拝した為、かなり暗い状態ですた・・・。


次回は・・・嵐の中での参拝記です☆

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