キノミヤを追いかけて-3 来宮神社 (1) キノミヤ総本宮


キノミヤを追いかけて

3 来宮神社 (1)

(静岡県熱海市西山町 43-1御鎮座)

続いては、最近『パワースポット』ブームに乗った感のある(??)キノミヤ信仰の総本宮、伊豆國霊社と謳っている来宮神社へ。
この電車はリゾート号という特別電車(といっても、普通料金で乗車できます)
ゆったりしたシートで快適だったが、残念ながら熱海駅から一駅で下車だったので、仕方なく(!?)下車した。
トンネルの先に・・・
朱色の鳥居と「来宮神社」の幟を発見!
社頭

両脇に道路が挟んでいるが、御神域の中には木々が生い茂っている☆
(道路標識がなければ、もっと良いのに・・・)

糸川に架かる神橋を渡って、いざ境内へ。

この辺で御由緒を・・・

御祭神 (三柱)

・五十猛命
五十猛命は素盞鳴尊(すさのおのみこと)の御子であって、尊と共に朝鮮に渡られ、樹種を持ち帰り日本国土に播種した神である。当社へは和銅三年(710)六月に祀られた。

尚、五十猛命についての神話はここのリンクにて♪

・大巳貴命
大巳貴命は素盞鳴命(すさのおのみこと)の御子であって又の名を、大国主命(おおくにぬしのみこと)、俗に「ダイコク様」と云われ、古 代出雲の神々が海、山を渡られて伊豆地方に進出されたときに、この熱海の里が海、山に臨み、温泉に恵まれ風光明美にして生活条件の整っていることを愛し給 い此処に住居を定められたとき祀られたと伝えられている。

・日本武尊
日本武尊は人皇第十二代、景行天皇の御代、御東征に出陣せられ、箱根路からこの地に軍を進められた時、住民を労り、産業を奨励した功績と武勲を称えたためまつられたと伝えられる。

また、伝承では句句逎馳(木木の霊・・・くくのち)を祭神とし、クスを霊木とする信仰から発生した神社であるらしい。

*ククノチ神は、古事記によればイザナギ命とイザナミ命が神婚して国生みしたのち、12番目に生まれた神。
ククノチ神より先に生まれたのがオオワタツミ神(大綿津見神・大海神~海の神)、あとに生まれたのがオオヤマツミ神(大山津見神、大山祇神~山の神)で、この頃に生まれた神々は自然神としての神格を持ち、ククノチ神も樹木をつかさどる木の神とされている。
鳥居脇にある巨石(御神石)

御由緒

古くから来宮大明神と称し、熱海郷の地主の神であって来宮の地に鎮座し、来福・縁起の神として古くから信仰され、「延喜式神名帳」には『阿豆佐別神社(アズサワケじんじゃ)』の名で記されている。
(他説として久豆弥神社(クツミじんじゃ)ともいわれている)

手水舎と来宮総社稲荷神社

和銅三年(旧暦)六月十五日に熱海湾で漁夫が網をおろしていたところ、御木像らしい物がこれに入ったので不思議に思っていると、童子が現れて・・・

「我は五十猛命である。この地に波の音の聞こへない七体の楠の洞があるからそこへ私をまつれ、しからば村人は勿論当地へ入り来る者も守護しよう」

と告げられ、村人一同で探し当てたのが、この熱海の西山の地でした。毎年六月十五日(新暦の七月十五日)になると海岸へ出て当時を偲ぶお祭りを行っている。(七月の例大祭。こがし祭)
来宮神社の御霊水

奈良・平安期の征夷大将軍坂上田村麻呂公は戦の勝利を祈願し、熱海来宮神社の御分霊を東北地方を始め、各地を統制して行ったと伝えられ、現在では全国44社のキノミヤジンジャの総社として、信仰を集めている。
(以上、御由緒より)
社殿

風格漂う拝殿をパシャリ。

この日の撮影は2月参拝時のもの。
1月は参拝客だらけで激混みであった^^

あっ、そうそう。
来宮神社には『禁酒』の御神徳があるらしいです。
江戸時代の書物「をぐり」の中での禁酒に纏わる「我、来宮精進・・・」の言葉で知られるように、「きのみや」を「忌の宮」と解し、禁酒など断ち物の祈願をする者も多いようです。

お酒のトラブルで困っている方々、こちらで禁酒祈願をされては如何?

来宮神社。

五十猛命と句句逎馳(木々の霊)が祭神とされており、漂流神としての『来の宮』、そして木々の霊である楠木を古くから信仰対象にしている『木の宮』の意味があると思う。

古来より船の材料として用いられてきた神聖な霊木『楠』を用いて、記紀で云うところの磐櫲樟船を作り、奄美~紀伊~伊豆~房総~鹿島を繋ぐ黒潮ハイウェイに乗って『漂着』した船乗り(渡来人や漁師)。
そして、難破して『漂着』した船内の財宝を伊豆の民が大切に奉ったのであろう。


次回は、来宮神社の御神木
「大楠」などについて☆

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