13 May 2011

キノミヤを追いかけて-18 白田来宮神社(志理太乎宜神社)

キノミヤを追いかけて
白田来宮神社 (志理太乎宜神社)
(静岡県東伊豆町白田167-1御鎮座)

この晩は、翌日のフェリーに乗るため、白浜海岸沿いのサーフハウスで泊まった。
ビーチが目の前で、とても眺めの良い場所にあったのだが・・・

強風がビュービュー (ToT)

マジで怖かった・・・。

そして翌日。
白浜海岸を眺めて、神津島行きのフェリーが欠航なんだと確信した・・・。
(そして案の定フェリー会社から欠航の連絡が来たのは言うまでもない)

せっかくなのだから西伊豆方面を周れば良かったが、空いている車がないということと、荒天で雪が降っている状況で気力がなくなったので、最後の「キノミヤ」片瀬白田駅の近くに鎮座している白田来宮神社へ参拝してみた。

白田来宮神社は、伊豆急行線片瀬白田駅から歩いて5分程、国道135号線沿いに鎮座されている。本神社は、延喜式神名帳の志理太乎宜神社に比定されている古社である。

大きい木々に囲まれてとても良い雰囲気。
伊豆の神社は本当に心が落ち着く。

 扁額
神社誌

社名 志理太乎宜神社
別稱来宮神社
祭神 志理太乎宣命、併祀五十猛命
由緒 創始不詳 康永二年(一三四三)再建棟札ノ外棟札多数現存 
覆屋内ニ二棟ノ内宮ヲ安置スル 簡素ナ流レ造リ一間社 
江戸時代中期ノ作ト察セラレル秀作デ町ノ重要文化財デアル

註志理太乎宣命ハ事代主命ノ三宅島ノ丑寅ノ方ノ后佐伎多麻姫命ノ第五王子デ片菅命ノ御兄神ニアラセラレル
(以上、境内石碑より転記)

・・・ち、ちと分かりづらいですね。
書いている小生も、転記しながら「正しいのかな?」と思いながら書いていました。

しかし、当神社について東伊豆町観光協会のHPに、御由緒が分かり易く記載されていた。

祭神: 志理太乎宣命・五十猛命
例祭: 10月24・25日
境内: 13,596平方メートル
社殿: 入母屋造(向拝付)

●由緒
康永二年(1343)再建の記録が南東風土誌に記されている。
康永は南北朝の北朝年号で町内の神社再建では最古のもの(現神殿は大正期の建立)

鬼瓦

境内の公孫樹の古木は樹齢推定300年前後と見られるが、社殿の山側の枯れた公孫樹は昭和初年に朽倒したが、更に古くおそらく千年以上のものであったろう。

社殿内に安置された二棟の本殿は江戸中期の作で簡素ながら均斉の取れた流れ造りで、一流の宮大工の作と推定される。それぞれ本殿の社章から、「木の宮」と「八幡宮」であることがわかる。

●特色
祭神の志理太乎宣命は、三島神社祭神事代主命の五属神の一座であり、片菅神社と共に三島信仰の一環として位置づけられる。

昔は、白田浜神社又は、来宮神社と称し、木の宮(来宮)神社の特色である鳥精進、酒精進の行司は河津町の来宮神社と同様、現在でも12月17日から一週間氏子によって継承される。
(以上東伊豆町観光協会HPより)

境内社。
どうやら新しく改築されたようだ。
しかし、社の隣りには石祠が鎮座されている。
何を祀っているのだろう?

境内の巨木たち

今回の東伊豆の神社巡りは、ボクを更に神社に引き込ませてしまう程に充実した巡礼の旅だった。そして、他の記紀神話に見られないキノミヤ神話・伊豆島造り神話が強く根付いていたように感じた。

 帰りの片瀬白田駅。
ホームには誰もいない・・・。
海は荒波をあげ、雨風が容赦なく吹き付けてくる。
ここでは雨だったが、熱海に到着することには雪に変わっていた。

以上、伊豆『キノミヤ』の旅(東伊豆編)はこれにて終了です☆







No comments:

Post a Comment