帝都の社 : 山王日枝神社


帝都の社 : 1- 山王日枝神社
(東京都千代田区永田町2-10-5鎮座)


伊豆半島の神社シリーズがあまりにも長編だったので、たまには都内のお社についてでも・・・。

「帝都の社」第一回は、首相官邸の隣り、日本のど真ん中にある山王日枝神社です。


鳥居

少し変わった形の鳥居だが、これは「山王鳥居」と呼ばれるもの。
こちらは新参道で何とエスカレーター付き。
やはり、時代に敏感な帝都ならでは??
(ちなみに小生が参拝した日、表参道(山王男坂)は地震による損傷の為、通行止めになっていた)

神門

山王日枝神社
御祭神 : 大山咋神
相殿 : 国常立神、伊弉冉命、足仲彦尊

「古事記」に『大山咋神。またの名は山末之大主神。この神は近淡海国の日枝山に坐す。また葛野の松尾に坐す。鳴鏑になりませる神なり』
とあるように、近江国(滋賀県)の日枝山(比叡山)に鎮まりましたのが最初で大年神の御子神で、別にその御名を山末之大主神と称えている。

社殿

御由緒

当社は武蔵野開拓の祖神。江戸の郷の守護神として江戸氏が山王宮を祠り、さらに文明十年(1478)太田道灌公が江戸の地を相して築城するにあたり、鎮護の神として川越山王社を勧請し、神威赫赫として江戸の町の繁栄の礎を築きました。

やがて天正十八年(1590)徳川家康公が江戸に移封され、江戸城を居城とするに至って、「城内鎮守の社」「徳川歴朝の産神」として崇敬されました。二代秀忠の時、城内秋葉山より新たに社地を江戸城外に定め、社殿を新築して遷祀されました。世に伝える元山王と称する地は今の隼町国立劇場附近である。

社殿と鉄燈籠、そして背後には高層ビル。
一見ミスマッチだが、不思議と違和感を感じない。

明暦三年(1657)の大火に社殿炎上の災に遭いましたが、時の将軍家綱はただちに赤坂の溜池に臨む松平忠房の邸地を官収して社地に充て、権現造り社殿を造営・遷祀された。

万治二年御造営の社殿は、江戸初期の権現造りの代表的建物として国宝に指定されていましたが、昭和二十年五月戦禍に遭い、焼失。

その後昭和三十三年大修築し、現在に至る。
(日枝神社参拝のしおりより抜粋)

昼下がりの平日ということもあって、多くのOLさんなどが境内にあるベンチに腰かけて休憩をとっていた。さしずめ都会のオアシスといったところなのか?


山王稲荷社

社殿裏手にある山王稲荷社。
朱色の並んだ鳥居が美しい。
しかし、裏手に入ると石垣で作られたトンネルを発見!
こういうのを見ると探検したくなってしまう・・・悲しい男の性ってやつです><

トンネルの周辺は鬱蒼とした鎮守の森。
こんな所が、日本のど真ん中にあったのですねー☆

山王日枝神社へ参拝時、丁度桜が開花していた。
神門とサクラ・・・とても日本的な美に溢れていますね♪

次回は赤坂鎮座のお社です。

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