帝都の社 : 根津神社 (根津大権現)

帝都の社
3 根津神社 (根津大権現)
(東京都文京区根津1-28-9御鎮座)


今回は根津権現こと根津神社です☆

社頭

さて根津神社は東京大学と日本医科大学に挟まれた場所に位置している。

楼門と神橋

一の鳥居をくぐると立派な楼門が姿を現した。
この楼門は国指定重文となっている。

手水舎

卍の印が、何やら仏教の匂いを感じ取れたのでパシャリました☆
他にも社殿など至るところで「卍」紋があったので、御朱印を頂く際に尋ねてみた。

江戸時代までは、根津大権現の社は山王神道の権現社となったが、明治時代の神仏分離令により、根津大権現は廃されてしまった。しかし現在も「卍」は神紋として使用しているからそうだ。

唐門

こちらも国指定重文となっている唐門。
とても華やかで、歴史の重みを感じる雰囲気。

社殿

根津神社

祭神: 
須佐之男命、大山咋神、誉田別命
(相殿)大国主命、菅原道真公
*「根津大権現」の時代は、神仏習合の様式で祀られたスサノオであり、十一面観音菩薩を本地仏とする。相殿に祀られた山王権現と八幡神と合わせて、根津三所権現とも呼ばれた。

扁額と拝殿


御由緒
当神社は今から1900余年の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建している。
江戸時代五代将軍徳川綱吉は世嗣が定まった際に、現在の社殿を奉建、千駄木の旧社地より御遷座した。
明治維新には、明治天皇御東幸にあたり勅使を遣わされ、国家安泰の御祈願を修められる等、古来御神威高い名社である。

本殿

1706年に建立された本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門の七棟が全て現存し、昭和六年国宝(現重文)に指定されている。
この社殿は拝殿の奥に幣殿・本殿と一宇に続く、総漆塗りの華麗な権現造建築で江戸の神社建築としては最大の規模を誇る。

七棟建立については、宝永二年に、五代将軍綱吉が兄綱重の子綱豊(六代家宣)を養嗣子と定めると、氏神根津神社はその屋敷地を献納、世に天下普請と言われる大造営を行った、とされている。

鉄燈籠と唐門

また、近代文学作品に頻繁に登場してきており、夏目漱石、森鴎外、岡本綺堂、寺田寅彦など数多くの文豪達がこの神社を自作品に登場させている。

この神社はつつじが有名で、境内地となる以前、前記徳川綱重が屋敷の庭につつじを植えたことに始まり、七千坪の神苑は世につつじヶ岡と呼ばれる府内の名勝であった。
今も花季(4月中旬から下旬ごろ)には約50種3000株が咲き乱れる。

乙女稲荷社殿

境内社の乙女稲荷神社があり、ここから根津神社境内を見渡すことができる。
祭神は倉稲魂命。

乙女稲荷神社

緑多き社地に、空襲で焼土と化した江戸では珍しい歴史ある社殿。
再び訪れたい古社と感じた。

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