帝都の社 : 上野下谷神社


帝都の社
6- 上野下谷神社
(東京都台東区東上野3-29-8御鎮座)

帝都の社シリーズもいよいよ大詰め。
今回はパンダで大騒ぎ(!?)な上野公園とは反対口に鎮座されている下谷神社へ。

大鳥居

公園口の喧騒が嘘のように浅草口は静かだった。
JR上野駅から徒歩5~6分位の地に鎮座されている。
ちなみにこの大鳥居の建立は昭和八年五月と記載されていた。

社頭

大鳥居をくぐると、木々に囲まれたお社が姿を現す。
境内にはお初詣をしていた参拝客が赤ん坊を囲んでにこやかな顔をしている。
ほのぼのとした光景。

神門

そんなところで御由緒を・・・

祭神名 大年神
配祀祭神名 日本武尊

大年神は天照皇大神の御弟素戔雄尊の御子で五穀を主宰し篤く産業を守護し給い、倉稲魂命と共にひろく「お稲荷様」として祭られている神様であります。
日本武尊は第二十二代景行天皇の皇子で智仁勇を兼備え諸国を平定して御恩威を四方に輝かされました。

社殿

当神社は、人皇第四五代聖武天皇の御代天平二年(730)に狭田の稲置らが、大年神日本武尊の御神徳を崇め奉って上野忍ヶ岡の地にこのニ神をお祀りしたのが創めと伝えられて居ります。
(*天平2年(730)行基により下谷に神仏習合神社として正法院(現豊島区西巣鴨)と共に創建ともいわれている)

第六十二代朱雀天皇の天慶三年、田原藤太秀郷が相馬に向かうとき当神社に参籠して朝敵平将門追討の祈願をなし、その平定の後報恩のため社殿を新たに造営致しました。

降って寛永四年、寛永寺を建立するにあたり、社地を上野山下に移されましたが狭いので、延宝八年更に広徳寺門前町に替地して社殿を造営しました。当神社は昔から「正一意下谷稲荷社」と称し奉られていたので、このときからこの町を稲荷町というようになりました。

本殿

明治五年に神社名を「下谷神社」と改め、翌六年郷社にう昇格致しました。
大正十二年大震災のため、社殿悉く焼失しましたのでとりあえず仮社殿を遷座しましたが、昭和三年土地区画整理により改めて社地を現在の所に改め、同六年社殿造営の工事を起こし、同九年完成し本遷座し奉りました。

境内の脇道。
江戸情緒が今だに残っている。

その後東京は戦争の災禍に遭いましたが、当神社は御祭神の偉大な御神徳により、奇しくも御神体御宝物はもとより、社殿全建物に僅かの損害もなく、修復などを経て現在に至っております。

なお、当神社は寛政十年(1798)に江戸で初めて寄席は行われた由縁の地で、境内には「寄席発祥の地」の石碑が建立されています。

(以上、下谷神社参拝の栞より)

裏参道の真新しい鳥居と本殿。
とても心落ち着く風景だなー♪

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