帝都の社 : 芝大神宮と烏森神社 (ビルに囲まれた古社)


帝都の社 ‐8
芝大神宮・烏森神社
都内には数多くのビルに囲まれたお社があります。
その中でも、古社だけどモダーンな佇まいがする神社を二社紹介したく思います。

ちなみに上記の画像は、増上寺芝大門です☆


1. 芝大神宮
(東京都港区芝大門一丁目12番7号御鎮座)

JR浜松町駅から徒歩10分弱。
増上寺の芝大門の近く、ビル群のなかにひっそりと鎮座されている。

社頭


御由緒
主祭神 : 天照皇大御神、豊受大神
相  殿 : 源頼朝公、徳川家康公

当宮は伊勢神宮の御祭神天照皇大御神(内宮)・豊受大神(外宮)の二柱を主祭神としてお祀りし、平安時代・一条天皇の御代に創建された約一千年の歴史のあるお社である。

関東のお伊勢(芝神明)さまとして崇敬されてきた。

社殿

芝神明の祭礼は俗に『芝神明のだらだら祭り』といわれ九月十一日よえい二十一日までの期間中、十一日の例大祭祭儀日を中心に奉納狂言・奉納踊りなどの諸行事が行われる。

また、江戸時代。
境内には相撲、芝居小屋、見世物がかかり、庶民の憩いの場として親しまれていた。
鳶頭と相撲取りとのトラブルは『め組の喧嘩』として有名で、今でも歌舞伎の演目となっている。

貯金塚

日本の貯金王と称された牧野元次郎を追慕し、建立された塚。
日本初の今でいう『リテール・バンク』の先駆けとなる「ニコニコ貯金」と称する貯金方法を普及させた銀行家。

脇には「生姜塚」なる塚が建てられている。
昔より生姜は万能薬として重用がられており、かつては『生姜市』で賑わっていたらしい。

そして神社周辺は昔ながらの情緒溢れる建物が今だに存在していた。


2. 烏森神社
(東京都港区新橋二丁目15番5号御鎮座)

続いては、サラリーマンの街、新橋に鎮座されている烏森神社について。
JR新橋駅烏森口から出て、繁華街の裏小路に鎮座している。
とても雰囲気があって良い感じです☆

社頭

鳥居は何という様式なのか・・・。
打ちっ放しのコンクリートの鳥居と社殿。
賛否両論ありそうだが、個人的には時代を映している感があって良いかな?と思う。

パビリオン(巨大展示会場)のような大聖堂やモスクがあったりするのだし・・・。

社殿


東京新橋鎮座
烏森神社

御祭神 
倉稲魂命、天鈿女命(あめのうづめのみこと)、瓊瓊杵尊

地名の由来

烏森の地は、古くこのあたりが武蔵野国桜田村と呼ばれていた時代には、江戸湾の砂浜で、一帯は松林であった。その為当時この地帯(新橋周辺)は、「枯州の森」あるいは「空州の森」と言われていた。
しかもこの松林には烏が集まって巣をかけていたため、「烏の森」とも呼ばれるようになった。
明治以降昭和7年まで町名として使われていたが、その後新橋に改められ、今ではJR新橋駅の『烏森口』としてその名をとどめている。

神社の創始

平安時代の天慶三年(940)に、東国で平将門が乱を起こしたとき、むかで退治の説話で有名な鎮守将軍藤原秀郷(俵藤太)が、武州のある稲荷(前回の下谷稲荷?)に戦勝を祈願したところ、夢に白狐がやってきて白羽の矢を与えた。

その矢をすみやかに東夷を鎮めることができたので、秀郷はお礼に一社を勧請しようとしたところ、夢に白狐が現れて、神烏の群がるところが霊地だと告げた。そこで桜田村の森まできたところ、夢想の如く烏が群がってきたので、そこに社頭を造営した。
それが烏森稲荷の始まりである。

その後、明暦の大火(世界三大大火のひとつと数えられている)にて類焼を免れて、信仰が一層深まった。
また、椙森神社(日本橋)、柳森神社(神田)とあわせて「江戸三森」として古くから崇敬されている。

何とも派手なお神輿をパシャって、一旦帝都の社シリーズは終了。


次回はルート246を攻めてみますww

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