相模路をゆく (大山詣で編) -3 下社から大山登頂へ


大山登山記
実は下社に到着したとき、既に体力が尽きていた・・・
よって下社をじっくりと拝観して下山しよっかな?
と、ゆるい事を思っていた

しかし、「頂上登山口」の看板を見たら
アドレナリンが分泌されはじめてきていた^^

大山登山口

霊峰大山を登拝する際、
備えられている大麻(おおぬさ・・・棒に紙垂がついているもの)
を使って、自ら道中安全の祈祷をおこなう。

御守りも頂くことができます。



片開きの登拝門

大山は、古くより霊験あらたかな神体山として崇敬を集めているお山でありましたため、明治初年の神仏分離までは、この登拝門は夏の山開き大祭(7月27日~8月17日)期間以外は固く閉ざされ、山頂への登拝は禁止されていました。

登拝門の鍵は遠く元禄時代より、280年に及ぶ長い間、大山三大講社の一つである東京日本橋のお花講が保管し、毎年7月27日の夏山開きには、お花講の手により扉は開かれる慣例となっており、現在もその精神は連綿として継承されています。
その後、明治20年には登拝者の増加に伴い、春山開き大楽(当時は4月5日~15日) が新たに設けられ、この期間も山頂登拝が出来得ることとなり、山頂登拝の規制は徐々にゆるめられました。

扁額

更に、みのげ・日向・ヤビツ峠方面等の表参道以外よりの登山道が開かれると共に、昭和40年には国定公園に指定をされ登山者は急激に増加いたしましたので要望にこたえて、現在では年間を通して常時庶民の山として登拝門は開かれるようになりました。

然し、その結果は、必然的に登拝門の伝統的意義と性格が失われてまいりましたので、ここに往時をしのびつつ登拝門のもつ史跡としての重要性を考え合わせて、一枚の扉のみを閉じて片開きといたし、その名残をとどめることといたしました。
よろしくご理解の上、ご登拝下さるようお願いいたします。
(掲示板より)

うーん、

せっかくだから登ってしまえ!

・・・と、鼻息荒い状態で登ってしまいました^^



登山口から見下ろす。
霊域に入った気分がした♪

そして林の向こうには下社の社殿がうっすら見えている。
益々気合いが入ってきた。

もう後戻りはできぬ!


これより吾、修験に入らん!

・・・石段の整備された登山道から少し奥に入ると
巨岩がゴロゴロした山道へ変貌した

阿夫利大神
(白山神社)

大山修験(山伏)は、山中で行う修行の中で、
白山神社を拝するのが、その一過程であった。

当社は加賀の国、白山神社と関係深く、
大山寺開山(752年)前に建立されたといわれる。
(説明板より)



山道には色々なものが転がっている
この木なんてまるでオブジェのよう

そんな山道をひたすら登る

この岩は「天狗の鼻突き岩」と呼ばれている巨岩
石段左側の岩にある穴のことで、
天狗が鼻を突いてあけた穴だといわれている

そんな山道をさらに登る

道中二十二丁目にある富士見坂でパシャリ♪
ここは来迎谷とも言われているらしい

雲が気持ちよくフワフワと浮かんでいました☆

ちなみに富士山の方角は雲がかっていました・・・

富士見台近辺にあった
お地蔵様

優しいお顔をしております^^

そして、二十五丁目附近に
差し掛かった辺りには残雪が・・・


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