相模路をゆく -3 足柄路の式内社 寒田神社


相模路をゆく
3 寒田神社
(神奈川県足柄上郡松田町松田惣領1767番地鎮座)


当初立てていた予定だと、伊勢原市内の神社を参拝しようと思ったのだが、急遽予定変更!
小田原の一歩手前、松田駅まで行ってしまいました☆
恐るべし、B型気質(!?)

海老名市内は、少し寒かったが、箱根の麓の手前にある松田は快晴!
松田唯一の目抜き通り『ロマンス通り商店街』のマスコット・ガールも心地よさそう(笑)

社頭

そんなロマンス通り商店街を抜けて、歩く事10分程。
旧県社~寒田神社に到着。
かつては相模田神社、佐武多神社、佐牟太神社等と称していたらしい。

地名の松田惣領は、平安時代の頃の東海道のルートとなっており、「足柄路」などと言われいた。富士山の延暦噴火(800-802)で一時通行が困難になったが回復。

その後は鎌倉時代に箱根路(江戸時代以降の東海道本道)が開かれるまで官道として機能していた。

境内

境内はとても開放感があり、心地よい。

そんなところで御由緒を・・・

寒田神社
鎮座地 神奈川県足柄上郡松田町松田惣領1767番地

祭神
倭建命(やまとたけるのみこと)
弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)
菅原道真公
誉田別命(ほんだわけめのみこと)

狛犬

由緒

御創建は仁徳天皇三年(315)と伝えられ平安時代には延喜式の神明帳に相模国の十三社の一つとして載っている古社です。
思うに、一万年くらい前から堆積や地震による隆起により足柄平野が形成され開拓が進められてきた過程で人々の心の拠所としてこの地に建てられた神社であります。

源頼朝はしばしば立ち寄った松田亭より年々玄米十石を奉献し徳川家光も朱印地百五十石を寄進するなど尊崇されてきました。
時代はさがってアメリカ最初の宇宙飛行士ジョン・グレンさんも当社の祈祷神礼を受けて無事成功され大願成就の参詣をされた。

社殿

昭和十六年に県社になり、昭和四十三年には神社庁より献幣使の参向する神社に指定されている。

祭神は倭建命、更に文明四年(1472)に弟橘比売命を合祀、大正二年に天神社二社、昭和三十六年に庶子八幡社を合祀しています。
例祭日 七月三一日
(以上、境内掲示板より)

補足すると・・・

古風土記残本や新編相模風土浮稿によると、十六代仁徳天皇三年(315)十一月の創建とあるが、それ以前弥生時代後期には、創建当時の神祭に使われたとされる欅白木の椀大小一組が宝物として保存されている。

また、承応三年(1654)酒勾川の氾濫により朱印地・社殿殆どが流失、現在の本殿は慶應四年(1868)に再建されたものである。
(小冊子「延喜式内 相模十三社巡り」より)

境内裏手に周ってみると、数多くの石祠が祀られていた。
ちゃんと覆屋と紙垂で護られていた。

『歯の供養碑』

この碑は昭和十三年、足柄歯科協会の会長が発案した石碑で、歯医者さんが抜歯した歯牙を祀って、供養したという・・・(汗)

と、ということは石碑の下には数多くの抜歯がぁ・・・><

境内末社

神明社・天神社・熊野社が祀られているようだ。
綺麗に整備されていて、美しい。

寒田神社のカシ

『かながわの名木100選』に比定されている樫の木。
樹高30メートル、胸高周囲3.0メートル、樹齢約500年(推定)

境内に咲いていた可憐なお花


次回は、ちょっと一休み。
酒勾川でまたーり休息の巻です♪

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