流海(霞ヶ浦)を巡る -1 「一宮」楯縫神社 と大杉神社


楯縫神社と大杉神社
(楯縫神社~茨城県稲敷郡美浦村大字木原2988御鎮座)

流海とは、現在の霞ヶ浦のこと。
利根川河口の周辺は往古の昔、内海に島が点在するような地形であった。
また東国防衛の要ともいわれ、海上交通の要衝でもあった。
さらに『常陸国風土記』では、霞ヶ浦周辺を行方の流海、鹿島の流海、香取の流海などと呼称されていたらしい。

その「流海」周辺には数多くの古社が点在している。
かつては海岸沿いにあったお社や、小島に鎮座していたお社など・・・
ということで、今回は「海上国~香島国~大洗台地の流海~大海(鹿島灘)の神社」について。
(いつになったら京都~奈良についてUPできるのだろう・・・汗)

また、今回の東日本大震災の前後を挟んで2回巡った。
ブルーシートに覆われた町並みや崩れた石籠、姿を消した鳥居等「震災の爪跡」を見て、自然に対して畏怖の念を感じたが、同時にこの地方の奥深さのようなものを感じてしまい、
「再訪せねば!」と思ってようやくUPできるようになりました^^

まず第一弾は楯縫神社と大杉神社。


竹林に囲まれた神社の脇道を歩く。
朝早く到着したので、空気もひんやりしていて、とても清々しい気分に。

実はこの『美浦村大字木原』は・・・
小生のかつての本籍地=父の出生地だった場所。

免許証に記載されていた本籍地「茨城県稲敷郡美浦村大字木原~」が、とても田舎臭くてイヤだったで、結婚した時、真っ先に転籍してしまった。

しかし、神社巡り計画をしていたら、たまたま「美浦村大字木原」の地名が気になって、先祖帰りがてら参拝してみたのであった。


一の鳥居の扁額に「一宮」と記載されている。
『信太荘(常陸国信太郡)の一宮』なのだそうだ。

ちなみに常陸國の一宮は言わずもがな、「鹿島神宮」です。

この神社に限らず、常陸国の古社は参道がとても長い。
周りには鬱蒼とした木々が生い茂っていて、霊的な雰囲気がムンムンと漂っていた。
実に私好みである(笑)

拝殿


延喜式内小社 元県社
一の宮 楯縫神社
祭神 普都主命

磐筒男・磐筒女、二神の御子で武甕槌命と共に高天原より降って此の国を平定し給う時に、自ら齎主神となって神祗を祀り給うた。
その為、後世戦陣の門出には命を祀るのが例となった。

昔古大神葦原を平定し復命の時、此の地に暫時留り賜へ楯矛を脱ぎつし、御魂留賜へし地により此所を楯脱と稱していたが、同年七月三日城主近藤式部大輔藤原利勝の原と境内神代大杉五丈八尺余の霊木の繁り生う地なるが故に大木の木とを合して木原と村名を改めた。

本殿
昔古には鹿島神事と申して氏子中、吉日良辰を卜い定めて惣氏子(三十三郷五十有余村)時を定めて社前に集合いたし御雷大神、普都主大神の神輿を供奉し霞ヶ浦を渡御竹来二の宮阿彌神社へ送り奉る古式祭が行われた。

往古は御神領五十三町歩余ありしが興国年中(西一三四〇)高師冬以賊軍をもって信太の荘を責取らんが為、土人屋代信経と云う者を嚮道として信太の荘を侵し此の時神領不残椋奪され無禄となる。


勤請年歴 
人皇参捨四代推古天皇の十六年宮造り六〇七
大同二年再建八〇七
文明八年再建一四七六
天正十七年藤原利勝拝殿寄進一五八九 
嘉永七年再建一八五四
(掲示板より)

御神木
・・・ちと、分かりづらい。
ので、県文化財に指定されている「狛犬の説明板」に記載されていた御由緒のほうが理解し易いかも。


『当楯縫神社(祭神フツヌシノミコト)は推古天皇一六年(608)創建で、フツヌシノミコトが兜楯を脱いでこの地に残された故事にちなんで、楯脱ぎ、楯縫の称がでた。
古来信太郡一の宮(元県社)である。境内北の方には、杉の巨木の根幹(径六メートル余)があり、「木原」の地名の起りといわれている。』

お次は、稲敷市にある大杉神社へ。

大杉神社
(茨城県稲敷市阿波958番地御鎮座)


全国にある「大杉神社」の総本宮で、現在は神社本庁の別表神社に指定されている。
創建は767年、三輪明神(奈良県大神神社)より勧請されたようである。

現在の社殿は文化十三年(1816)に建立されたもの。

主祭神: 大和大物主櫛甕玉大神
配祀: 大己貴大神、小彦名大神



由緒(要約)

大杉神社の巨大な杉は「あんばさま」と呼ばれ、常総内湾の人々の信仰の対象である。
謂われは神護景雲元年(767)当時都が置かれた大和国(現・奈良県)を旅立った勝道上人は、下野国二荒山(栃木県日光)をめざす途上にあり、大杉神社に着くとそこで病苦にあえぐ民衆を救うべく、巨杉に祈念すると三輪明神(奈良県三輪の大神神社)が飛び移り、病魔を退散せしめたところから、やがて『大杉大明神』と呼称されるようになったという。
(参拝のしおりより要約)

・・・すいません、詳細は大杉神社のHPを参照ください。


次回は阿見町にある式内社についてです。

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