相模路をゆく -12 江島神社 中津宮と奥津宮

相模路をゆく
12 江島神社 中津宮と奥津宮


前回は『江島神社』の御朱印を掲載したので、今回は『江島弁財天』の御朱印を掲載します。

瑞心門
ここ江島神社は神仏習合的面影が強く残っている。
この瑞心門もそうだし、(少し竜宮城っぽい雰囲気もするが^^;)辺津宮にある奉安殿もそう。

というのも、ここ江島は安芸の厳島、近江の竹生島と並び、『日本三大弁財天』と呼ばれていることからのようだ。

奉安殿
辺津宮にある奉安殿。
昭和45年に妙音弁財天、八臂弁財天の御尊像を奉祀するために造営された八角のお堂で、中には十五童子像、後宇多天皇の勅額、弁財天像扁額、弘法大師の手形が押された護摩修法いよる弁財天像がある。

鎌倉時代中期の像や、「吾妻鏡」にも記されている弁財天像などがあるように、歴史が古く、当江ノ島、安芸の厳島、近江の竹生島が世に言われる日本三大弁財天であるらしい。

江島縁起(弁財天と五頭龍とのラブラブ話)については⇒ここ!(江島神社HP)
マンガ仕立てで分かり易いですよ^^
中津宮
辺津宮からさらに坂を登っていくと、中津宮が鎮座されている。

御祭神: 市寸島比賣命
文徳天皇仁壽三年(853)の創建で、その後元禄二年(1689)改築。
平成八年全面的な御改修を行い、元禄二年改築当時の朱色鮮明な御社殿を再現。
権現造りで、境内に奉納された石燈籠等は江戸時代における商人・芸人・庶民の信仰を深さを物語っている。

群猿報賽像庚申搭
奥津宮へ続く参道で見つけた石塔。
重要文化財に指定されていて、四面に彫られた猿は全部で三十六匹で様々な姿態で神徳に奉賽している構図である、
庚申塔として大変珍しいものとされ、無病息災・延命長寿を祈念して造立したものである。
花崗岩製、江戸造り

奥津宮
昔、本宮御旅所と称され、社殿は壮麗を極めていたが、天保十二年(1841)に焼失し、翌十三年に再建されたのが現在の御社殿。
入母屋造り。
養和二年(1182)源頼朝奉納の石鳥居や拝殿天井には江戸の絵師酒井抱一画の「八方睨みの亀」が描かれている。

亀石
鎌倉四名石の一つで別名を「蔵六石」という。
文化三年に弁秀堂なる人物が弁財天を信奉して、金光最王経の写経を納めた時に亀甲石を奉納したものである。

龍宮(わだつみのみや)
御祭神: 龍宮大神
江ノ島は湧出以来龍神の坐す処となり、古来龍神信仰は弁財天信仰と習合せられ、その密接なる結びつきから「江島縁起」を始め、「太平記」等に多くの伝説が残されている。
その神秘的な御神威に添い奉るべく、崇敬者の御篤志により此処に御遷座となった。

ちなみにこの御宮は平成六年創立の社である。
龍も『ンガァー!』と、参拝客を待ち構えている(笑)



江ノ島の周りをヨットが気持ちよさげに浮いている。

江ノ島周辺で生シラスを食べて、いざ箱根へ!

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