18 July 2011

流海(霞ヶ浦)を巡る -2 阿彌神社・鹿島古女子神社

Location 日本, 茨城県稲敷郡阿見町竹来
流海(霞ヶ浦)を巡る
普都大神降臨の地~阿彌神社・鹿島古女子神社

(稲敷郡阿見町竹来1366御鎮座)

続いては、阿見町にある式内社、阿弥神社へ。
阿見といえばキャノンの工場、そして霞ヶ浦沖にある町位しか思い浮かばなかったので、少し阿見について調べてみると・・・

著名な有名人に柳生博がいる!(しかも日本野鳥の会の会長なんだ・・・w)

社叢の中に通じる一本の細長い参道。
こういう霊的な雰囲気がする境内が大好きです♪

気持ちよく参道を歩いていると、社殿が姿を現した。
鎮守の森の先は霞ヶ浦。
地図を見る限り崖のようにせり立っている。
昔の船乗りはきっとこの社叢を目印に航行していたのだろう。


さて、阿彌神社の創建は607年、推古天皇(593~629)の年代と伝えられ、延喜式内社に比定されている。(ちなみに本社から数キロ先西にも同名の社がある)
社殿
社伝によると、祭神は武甕槌命で、竹来(旧名高来)は常陸国風土記にて、香取神宮の御祭神、普都大神降臨の地とされている。
扁額
前回UPした楯縫神社の御由緒を引用すると、

『昔古には鹿島神事と申して氏子中、吉日良辰を卜い定めて惣氏子(三十三郷五十有余村)時を定めて(楯縫神社)社前に集合いたし御雷大神、普都主大神の神輿を供奉し霞ヶ浦を渡御竹来二の宮阿彌神社へ送り奉る古式祭が行われた。』

らしい。

ということで、中世では庄内第一の惣廟として二の宮明神とよばれた。
近世に阿弥神社と改める。

尚、神域を囲む樹叢は町指定文化財である。

本殿
本殿は元禄四年(1691)の棟札があり、町内最古の建築である。
また境内に吉田麦翠の句碑「湖の風も通うて夏木立」がある。
尚、境内の西方に縄文中期の根田貝塚、南方に付近から出土した中世石塔群がある。
(以上、境内掲示板より)
参道
常陸国風土記で、「普通大神降臨の地」とありながら、祭神に武甕槌命を祀っている。
なんでじゃろな?

古代の常陸国の歴史については、鹿島神宮や「元鹿島」と呼ばれているお社あたりで、じっくりと書き綴ってみたい。
狛犬

また、のちの神社でも触れるつもりだが、ここ霞ヶ浦流域の神社の狛犬は尾びれのような形状をしている。

なかには明らかに鯉のような形をしていたり・・・不思議だ(笑)

参道脇に鎮座されていた境内社。
記憶だと、祠は西側を向いていた。果たして何を祀っているのであろう。


こちらは本殿裏手の竹林の前に鎮座されている祠と参道に祀られている石祠。
注連縄に吊るされた紙垂の先は禁足だぞ、と云わんばかりの雰囲気。
杜全体が神域そのものの空間。


深い原生森の中にに鎮座されているお社。
とても美しく心落ち着く境内だな、と感じた。

そして帰路につこうと思ったら、近辺に「鹿島古女子神社」なるお社を発見。
『女子』という名につられて参拝してみることに・・・。


鹿島古女子神社
稲敷郡阿見町掛馬543御鎮座

鹿島古女子神社社頭
御祭神 鹿島御子神
配祀神 建御雷之男命・経津主命・天児屋根命・宇賀之魂命・水波能売命・大日霊命


創建は 大同年間と言われるが詳らかでない。
竹来阿彌神社祭神の子孫と伝わる。

次回は少し南下してみます^^

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