流海(霞ヶ浦)を巡る -7 神崎神社 「なんじゃもんじゃの木」

流海(霞ヶ浦)を巡る
神崎神社
(千葉県香取郡神崎町神崎本宿1994鎮座)


いきなり入道雲が浮かんでいる『真夏の景色』になってしまってすいません・・・。
成田近辺に所用がありましたので、折角だったので神崎神社まで立ち寄ってしまいました^^

ちなみに気温は35度以上はあった(アスファルトの照り返しで体感温度は40度以上はあった??)ので、まさに苦行でした><

神崎神社 社頭
さて、JR成田線下総神崎駅から約2㎞の位置にある
「神崎の森」内に神崎神社が鎮座されている。

古文書によると、かつてはお隣の駅にある大戸神社(香取市大戸字宮本鎮座)とともに、香取神宮の境外摂社だったとの記述がある。

尚、残念なことに、鳥居脇に建てられた忠魂碑は震災の影響で倒壊しており、さらに近くに架かっている神崎大橋は2011年7月現在、今だに通行止の状態が続いている。

近道案内標識
こちらのルート(東側)は「女坂」となっており、比較的勾配が低くなっております^^


さて、「神崎の森」内の急な石段(男坂)を登っていくと、
途中摂社である三峰神社が鎮座されていた。

神崎の森は、通称ひさごが丘、ひょうたん山、双子山とも呼ばれていたらしい。

さらに石段を登ると、その頂に社殿がドンと構えていた。

拝殿
神崎神社

白鳳時代(白鳳二年~673年)に常陸国と下総国との境、大浦沼二つ塚(現在の茨城県)より現在の地に遷座し、明治6年に郷社、大正10年県社に昇格しました。

御祭神は天鳥船命、少彦名命、大己貴命、面足命、惶根命であり、交通・産業守護の神として深く信仰されています。

本殿
古くは子松の神、神崎大明神と称され、徳川時代は代々御朱印二十石を寄せられました。
7000坪あまりの境内は「神崎の森」と呼ばれ、全域が県の天然記念物に指定されています。
(境内掲示板より)

社殿
とても美しい社殿の姿。
照りつける日差しに映し出された木々の葉の色も鮮やかに見える。

本殿右脇に青々と生い茂っている大樟は、「なんじゃもんじゃの木」と通称され、国指定天然記念物の御神木である。

ナンジャモンジャの木
国指定天然記念物 神崎の大クス

古来、ナンジャモンジャの木といわれ、「利根川図志」・「牧野富太郎化学随筆集」などでも紹介されてきたクスの木の巨木である。

延宝二年(1674年)四月、水戸光圀公当社参詣の降り、「この木は何というもんじゃろうか」と自問し、感嘆されたという。
それ以来、この御神木は「ナンジャモンジャ」の名をもって広く知られ渡っている。

主幹は明治四十年に火災で焼け、高さ7メートルほどで切断されているが、そのひこばえがよく育ち、樹高二十メートル以上に達している。
(以上、境内案内板より)

本殿裏手の祠
『ここはこうざき森の下、舵をよくとれ船頭どのよ、
主の心と神崎森は、なんじゃもんじゃで気が知れぬ』

と、江戸時代、利根川を航行する船人たちの目印として唄われた神崎森は、ヤブニッケイ、タブノキ、スダジイ、ヤブツバキ、シダなど、学術上でも貴重な原生林が生い茂る県北を代表する社叢である。

社殿
神崎神社は、元々大戸庄の大戸神社とともに、香取神社の摂社で、香取神官・大中臣家が所領を相伝していたらしい。

平安時代末期、神郡であった香取郡には、香取社神領、大戸神社領(大戸庄)、神崎神社領(神崎庄)、そして国衙領として、大須賀郷(大須賀保)が成立しており、神崎庄は『和名抄』に見える「健田郷」とされ、香取郡の北西端部一帯が相当地とされているとのこと。

境内
現在香取神宮の第一摂社といわれている側高神社と同様に、流海~香取海を見下ろすような立地に鎮座されて、さらに狛犬のズングリ振りも似ている・・・これは蛇足か。

残念なことに社務所は閉まっていたが、美しい社殿と鬱蒼とした社叢は「神域」と感じずにはいられない程の厳かさに溢れていたし、照りつける日差しも遮ってくれたおかげで、自身の心身ともにリフレッシュすることができた。


おまけ: 神崎町の定食屋さんで、「ご飯大盛り!」と、注文したら、、、

どんぶり2膳がやってきた(´Д` )
僅か100円追加なのに・・・(汗)


次回は、下総國一之宮の御祭神について♪

Comments

Popular posts from this blog

信濃探訪 : 守矢史料館 一子相伝の古代諏訪口伝

沖縄久高島巡礼 徳仁川拝所と久高島の町並み

「今伊勢に坐する元伊勢」 酒見神社