流海(霞ヶ浦)を巡る -11 「日本三大霊泉」息栖の忍潮井

流海(霞ヶ浦)を巡る
「日本三大霊泉」息栖の忍潮井

忍潮井


続いては息栖神社の参道前にある忍潮井。
ここは案内板曰く、「日本三大霊泉」といわれているらしい。
男瓶は銚子の形、女瓶は土器の形をしていて、この瓶から水が湧き出している。

神功皇后三年(194)に造られたという井戸で、当時この辺は、一面海水に覆われていた。そこから真水の水脈を発見し、住民の生活水とした。 海水(潮=塩)をおしのけて真水が湧き出していることから、「忍潮井」となったと伝えられている。

元々は数キロ下流の神栖市日川という地名に井戸があったとされ、現在の地に遷したのは809年とのこと。

男瓶
その日川という地は昔は港だった場所で、息栖神社もかつて日川に鎮座されていた。

息栖神社の御由緒に・・・
『出雲の大神様より鹿島香取の大神様の道案内を命ぜられた久那戸神は現在出雲大社の近くに出雲大社の摂社・出雲井神社(路神社)として祀られております。』

と、あるように神栖の『日川』と出雲地方を流れる肥河(ひのかわ・・・現在の斐伊川)、そして出雲族との関わりが強いのは確かなのだろう。

男瓶
鯉が泳いでいた

幸いにも神栖市の教育委員会が、この忍潮井について数多くの由緒や歴史が書かれた案内板を掲示されていたので、それらを一通り抜粋する。

忍潮井

忍潮井は、男瓶・女瓶と呼ばれる二つの井戸であり、神功皇后の三年(194)に造られたものと云われ、あたり一面海水に覆われていた頃、真水淡水の水瓶を発見しこれを噴出させ住民の生活の水としたもので海水をおしのけて清水が湧出しているところから、忍潮井の名が付けられたと伝えられている。
水と人類との関わりの中で最も古いかたちの井戸であり日本三霊泉(常陸の忍潮井・伊勢の明星井・伏見の直井)の一つと云われております。

男瓶は径二メートル弱、白御影石で銚子の形をしている。女瓶はやや小ぶりで土器の形をしている。

伝説
その昔(平城天皇の御代大同二年四月・809)数キロ下流の日川地区より息栖神社がこの地に移された際取り残されてしまった男・女二つの瓶は神のあとを慕って三日三晩哭き続けたが、とうとう自力で川を溯り一の鳥居の下にヒタリ据え着いたという。此の地に定着して後も時々日川を恋しがり二つの瓶は泣いたと云われている。

日川地区には瓶の泣き声をそのままの「ボウボウ川」と瓶との別れを惜しんで名付けた「瓶立ち川」の地名が今も残されている。

おきすの津と碇
大船の香取の海に碇おろし
いかなる人か物思わざらむ (柿本人麿)

今よりはぬさとりまつる船人の
香取の沖に 風向うなり (藤原家隆)

女瓶
息栖神社と河岸

江戸時代に入るまでの利根川は一本の川ではなく、直接東京湾に注ぎこみ、現在の利根川中・下流域は常陸川と呼ばれていた。この二つの川が改修工事によって一本の河川となり、江戸への舟運路として成立したのが承応三年(1654)のことだった。当時の江戸は急激に人口が増え、一大消費地となっていた。商品や農・水産物の多くは利根川を舟運によって上下し、その集散地となったのが、川岸に点在する「河岸」であった。

女瓶

利根川は物資の輸送だけでなく、旅行者にも大いに利用されていた。この息栖河岸には東国三社参詣の人々や下利根川地方遊覧の人々が各地からおしよせ、大変な賑わいをみせていた。

これらの人々を載せて利根川を上下したのが「木下茶舟」と呼ばれた乗合船・遊覧船だった。
木下河岸(現千葉県印西市)から船出する船は、江戸中期には、年間約17000人は利用していた。

男甕・女甕の忍潮井も神社とともに有名になり、伊勢の明星井、山城の直井とあわせて日本三所の霊水と言われ、人々の評判となった。旅人の中には松尾芭蕉を始めとして、多くの文人・墨客もこの息栖神社を訪れ、その足跡を残しています。

神栖市教育委員会



「息栖の津」は、今から約七百年前、応安七年(1374)記の香取神宮文書『海夫注文』にその名がみえる。

当時、この流域の支配権を持っていたのは香取神宮で、下総國川の二十四、常陸国側の五十の津を支配した。

「息栖の津」も利根川を往来する舟船の船着場とし、また漁労の拠点としての網引き・釣魚に大きな役割を果たしていたようだ。この時代には海水が入り、この辺りでもサケは勿論のこと、タイ・ヒラメ・ハマグリ等が獲れていたとの記録が残っている。

「あらぶる神々のいる異境にむかうばあい、境界に甕をそなえて祈る。
蝦夷地にむかう船の安全と、人々の武運の長久とを祈るための港が『カシマ』であった」

という側高神社で記した事を思い出したが、ここ息栖の津もかつてそういった祈りの対象として甕が置かれたのだろうか??


次回はいよいよ、常陸国一之宮。
でもその前に♪

Comments

Popular posts from this blog

信濃探訪 : 守矢史料館 一子相伝の古代諏訪口伝

沖縄久高島巡礼 徳仁川拝所と久高島の町並み

「今伊勢に坐する元伊勢」 酒見神社