20 August 2011

流海(霞ヶ浦)を巡る -12 常陸国一宮 鹿島神宮 要石と東西南北に走るライン

Location 日本, 茨城県鹿嶋市宮中(大字)
流海(霞ヶ浦)を巡る
常陸国一宮 鹿島神宮 要石


奥宮からさらに南に歩いていくと、かの有名な「要石」がある。

要石は頭頂部だけが、わずかに露出している霊石である。
香島の大神が座とされた石の御座とも、或は古代における大神奉斎の座位として磐座とも伝えられる霊石である。

この石、地を掘るにしたがって大きさを加え、その極まる所しらずという。
水戸黄門仁徳録に、七日七夜掘っても掘っても掘り切れずと書かれ、地震押えの伝説を相俟って著名である。

信仰上からは、伊勢の神宮の本殿よ貸したの心の御柱的存在である。
(以上、境内案内板より)

大地震(おおなゑ)に びくともせぬや 松の花

小林一茶 (文化十四年五月二十六日)

地面から凹型に顔を出している石が要石である。

大鯰に乗ったタケミカヅチの碑

要石についての詳細は以下のリンクにて
地震を鎮める要石のおはなし(Link)

坂戸社・沼尾社遥拝所
さて、楼門脇の末社(須賀社、熊野社、祝詞社、津東西社)の先に
坂戸社、沼尾社の遥拝所がある。

遥拝所
摂社 沼尾神社 北四キロ
御祭神 経津主大神
摂社 坂戸神社 北二キロ
御祭神 天児屋根命

ちなみに沼尾神社では、鹿島神宮の斎主神である経津主大神が祀られていて、坂戸神社の祭神は天児屋根命、中臣氏の祖神である。

さて上記二社と鹿島神宮跡宮、そして南に位置する息栖神社は、ほぼ南北一本のラインで結ばれている。(青線)

しかも、大生神社の項にて詳細を書こうと思っているのだが、流海(現: 北浦)を挟んで100基以上築造された二大古墳群が東西に並列している。(赤線)

より大きな地図で 鹿島レイライン を表示

そこに何か大きな意味があるのか、それとも単なる偶然なのかは定かではない。
有名な東国三社(鹿島神宮 跡宮~香取神宮~息栖神社)の『△ライン』(紫線)とあわせて見ていると、まことに不思議だが面白い。

石鳥居跡
妄想(!?)を爆発しながら鹿島神宮を後にすると、かつて存在していた鹿島の石鳥居に、榊の木が植えられていた。
そんな榊を見下ろすかのように、脇にある日章旗が浜からやってくる風に靡いていた。

東国三社巡礼のご褒美
そして、東国三社巡りのご褒美に、鹿島神宮から御守を頂いた。
ちょっと得した気分♪

次回は「元鹿島」と呼ばれるお社です。

以下、当ブログのリンクです
http://travelog-jpn.blogspot.jp/2011/08/12.html (鹿島神宮 本殿)
http://travelog-jpn.blogspot.jp/2011/08/12_18.html (鹿島神宮 奥参道と奥宮、御手洗池)
http://travelog-jpn.blogspot.jp/2011/08/12_20.html (鹿島神宮 要石)

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