鹿島灘を巡る -15 大洗磯前神社 大鳥居と神磯

鹿島灘を巡る
大洗磯前神社 大鳥居と神磯


お社が鎮座されている高台から階段を下りていくと、巨大な二の鳥居。
鳥居をくぐっと鹿島灘に向かうと、神磯と呼ばれる岩礁がある。

ちなみに先の震災時には、津波でこの地点まで漁船が流れてきたという。




この岩礁は「君が代」の詩にも出てくる『さざれ石』で構成されている。
長い年月をかけて小石の欠片の隙間を炭酸カルシウムや水酸化鉄が埋めることによって、1つの大きな岩の塊に変化したもの。

君が代の歌詞にある

「さざれ石が巌となりて」

ですね。


神磯

御祭神出現の地を神磯という。
毎年元旦神磯の日の出を拝さんとして未明より海岸に集まる者数千、神磯の日の出を拝して後当社に参拝するを例とせり、太平洋万里の波頭岩を咬み、波の花散る壮観は比すべきものなし。

あらいその 岩にくだけて散る月を 一つになして かへる月かな
(水戸光圀)

ちなみに、現在の石鳥居が建てられたのは、神磯近くにあった石碑によると、昭和三十一年八月だったらしい。

この鳥居の先には常世の国があるのであろうと思ってしまう程、神的な空間。



さて、大洗周辺は日本列島を東西に走る中央構造線の東端である。
ここ大洗の神磯から筑波山~長瀞~諏訪~天竜川~松阪~吉野~紀の川~四国~九州へと日本を横断した大断層が御柱のように一本に走っている。
正に日本の屋台骨であり大動脈。



石鳥居で羽根を休めている鳥。
寒々しい冬の鹿島灘であったが、とても心休まる一枚が撮れた^^


大洗磯前神社が創建されたのは斉衡3年(856年)と伝えられているが、9世紀の日本は数多くの天災に見舞われていた。
特に貞観年間(859~877年)には連鎖のように天災が続いていた。

  • 貞観三年 直方隕石 (福岡県直方市に隕石が落下)
  • 貞観六年 富士山大噴火
  • 貞観十二年 貞観地震と貞観津波 (震源地・規模共に東日本大震災と類似)
  • 貞観十三年 鳥海山噴火
  • 貞観十六年 開聞岳噴火
貞観年間以前も平安京の洪水や承和年間には信濃国・伊豆国で大地震があったらしい。

ここ大洗の地でも、そうした天災に対する不安が蓄積して磯前にお社を建て、常世の国からやってくる救世主を人々は待ち侘びていたのかもしれない。

そんな他力本願なメンタリティーは、1200年近く年月を経過した現在でも何ら変わりはしない。


次回は大洗磯前神社と対をなすお社で、鹿島灘編最終回です♪


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