流海(霞ヶ浦)を巡る -8 下総国一宮 香取神宮 本宮から奥宮へ

流海(霞ヶ浦)を巡る
下総國一之宮 香取神宮
(千葉県香取市香取御鎮座)

下総国一之宮香取神宮は、今年(2011年)2回参拝している。
一回目は東日本大震災以前の2月、そして二回目は震災後の6月。
他に2回参拝した神社は鹿島神宮、大生神社などであった。

写真は特に参拝時期を分けずに掲載していきますので、ご了承の程を。

緑が生い茂り、霧がかっている六月の香取神宮社頭。
二月参拝時の写真では、もう少し枯れた雰囲気だった。季節の変遷を感じる。

参道脇に数多く置かれていた石燈籠は震災の影響で一部倒壊していた。

第二鳥居
緩やかな上り坂の参道を通り抜けると、神池、そして石鳥居が姿を現す。

総門
朱色が鮮やかな総門。
石段を登っていくと、段々心身が引き締まるような思いがした。

楼門
総門をくぐると、壮麗な楼門を見ることができる。

元禄13年建造の重要文化財。
朱塗の楼門の扁額は、日清戦争~日本海海戦で有名な東郷平八郎元帥の筆である。
ちなみに楼門右側には水戸光圀御手植の桜がある。


御由緒

御祭神 経津主大神(又の御名~伊波比主命)
御創始 社伝によると、神武天皇十八年(紀元前643年)と言われているが、文献上では「常陸国風土記」に香取神宮から分祀した社の記載があることから、これ以前に香取神宮は存在し、周辺地域に勢力を持っていたと考えられている。

楼門
御事歴

大神は天照大御神の御神意を奉じて、鹿島の大神と共に出雲国の大国主命と御交渉の結果、円満裡に国土を皇孫に捧げ奉らしめ、更に国内を御幸して荒ぶる神々を御平定され、日本建国の基を御築きになり、又東国開拓の大業を完遂せられた。

古来国家鎮護の神として皇室の御崇敬もっとも篤く、特に「神宮」の称号を以て奉祀され、明神大社として下総國の一之宮である。
明治以後の社格制で官幣大社に列せられ、後に後勅祭社に治定せられ今日に至っている。

拝殿 (茅の輪)
拝殿は、昭和十五年国費をもって改築せられた檜皮藁葺屋根、黒塗権現造りの典雅な社殿である。その長押上には極彩色の蟇股があり、禽獣花鳥の彫刻がその黒塗の社殿に渾然と調和して賽者の心気をおのずから改まらせる。
(以上、御由緒より)

本殿
元禄十三年(1700)に五代将軍徳川綱吉公によって現在の本殿、楼門、祈祷殿によって御造営された。尚、宮柱(社殿)の創建は神武天皇18年と「香取古文書 正和五年」に記載されている。

装飾が施されているも、藁葺屋根と黒色塗りの造りが力強さと威厳を感じる。

樹齢約1000年といわれる根回り約10m余りの御神木。
社殿の脇にデンとそびえ立っている。

落合直文 この杉を詠みて
「このめぐり いくさかありと四人して
いだけどたらず 神のふる杉」



それにしても美しい社殿。
眺めているだけで、惚れ惚れしてしまう。
往古から『神宮』の称号を冠せられていただけある勇壮とした佇まいである。


そして境内には6月初旬にもかかわらず、茅の輪が設置されていた。
一日も早い復興を祈願してからなのか?
ボクも「激動の六か月」で貯まった禊を払わさせて頂いた。

桜馬場(鹿苑)から見た香取神宮本殿。
とても美しく剛健なお社です。

さてさて、今回は少し奥のほうへ行ってしましょう☆

護国神社
護国神社
参道の左手にあり、昭和二十一年九月創建されました。
明治以降の国難に殉じた香取郡出身の御霊を御祭神としています。春・秋、二度の例祭が行われています。
(境内掲示板より)
要石
そしてこちらは要石。

古伝によればその昔、香取・鹿島の二柱の大神は天照大神の大命を受け、芦原の中つ国を平定し、香取ヶ浦付近に至った。しかし、この地方はなおただよえる国であり、地震が頻発し、人々はいたく恐れていた。これは地中に大きな鯰魚(なまず)が住みつき、荒れさわいでいると言われていた。大神たちは地中に深く石棒を差し込み、鯰魚の頭尾を押さえ地震を鎮めたと伝わっている。

当宮は凸形、鹿島神宮は凹形で地上に一部だけをあらわし、深さ幾十尺とされている。
貞享元年(1664)三月、徳川光圀公が当宮に参拝の折、これを掘らせたが根元を見ることが出来なかったと伝わる。

要石に纏わるエトセトラは次のリンクを参照してください。

香取神宮 奥宮
さて、旧参道(とおぼしき道)と歩いていくと、何とも神々しい佇まいをしたお社が。

何故香取神宮へ二回(2月と6月)参拝した主たる理由は、この奥宮を2月参拝時、訪ねるのを忘れたからなのであった~。

奥宮参道
香取の宮中、旧参道の中程に鎮座。
御本殿に経津主大神の和御魂(にぎみたま)を御祀りするのに対し、奥宮には荒御魂を御祀りする。

奥宮 本殿
大神の大いなる御働きのひとつで「心願成就」に霊験あらたかである。
現在の社殿は、昭和四十八年伊勢神宮御遷宮の折の古材に依るものである。
(境内掲示板より)


次回は、境内社と剣術奉納(??)についてです♪

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