ネパール漫遊記 (聖地~スワヤンブナート)

Swayambhunath


カトマンズの夜はいつか書くことにして、しばらくの間は、本ブログの趣旨に沿って(??)寺院を中心に書いていきたく思います。

まず向かった地は、スワヤンブナート。
カトマンズ中心地から西へ2㎞程離れた丘の上にある仏教の聖地のひとつで、2500年以上前に建立されたといわれるネパール最古の仏教寺院。

門の脇に置かれた巨大マニ車。
丘の頂上にまで行けないお年寄りでも、マニ車を回せばストゥーパ(仏塔)に行った御利益があるという。

表参道に3体の如来像が我々を見据えるかのように鎮座されていた。
降魔印の手ぶりをしていたので、釈迦像だと思われる。

急な階段を昇っていくと、華やかな尖塔とドームが見えてきた。
帰路に撮影したので、右側の通路からのアングルになっているが、左側通行が原則。

タイプしてて気付いたのだが、階段ではハルミカ(目が書かれている基部)が見えない。
きっと、頂上まで登らないと見えないように設計したのであろう。

そして丘の頂へ。
一番巡ってみたかった『聖地』を拝むことができて感動><
タルチョも心地よくカトマンズの空気を浄化するかのように靡いている。
特に、ハルミカ四方に描かれたブッダの目が神秘的。

さて、目の描かれているハルミカ(基部)と、13層になっているリング塔には意味があるらしい。

13層は、涅槃(ニルヴァーナ)に至るまでの12の苦悩(十二因縁の道理~無明(煩悩)、行(志向)、識(識別・区分け)、名色(肉体・精神の欲求)、六入(感覚器官)、触(感覚器官に感受対象が触れること)、受(感受作用)、愛(渇愛)、取(執着)、有(存在)、生(生まれること)、老死(老いて死ぬこと)、そして悟り(涅槃)の1層で、ブッダが「智慧の目」を四方に開いている。

さらに、その下の白亜色のドームには、全ての煩悩から解放された無の境地を現しているという。
(一部小生の想像もあります・・・間違いは御勘弁を)

これは金剛杵(チベット密教の呼び名でドルジェ、サンスクリット読みだとヴァジュラ)という、チベット仏教等で主に用いられる仏具。
刃の数や配置にも深い意味があるようだが、仏教ブログではないので割愛します^^。
ちなみにスワヤンブナートの杵は、五鈷杵。(五枚の刃があるから)

これはマニ車で、ストゥーパの周囲に置かれている。
マニ車とはチベット密教の仏具で、側面に「OM MANI PADME HUM (オム・マニ・ペメ・フム)」と、マントラ(真言・呪文)がサンスクリット文字で刻まれていて、内部には経文が巻かれている。

ヒマラヤのマニ水車はここを参照☆

「OM MANI PADME HUM」と唱えながら、この車を時計回しに回転させることにより、経を読んだのと同じ功徳があるとされている。

ちなみに訳すと、『蓮華の宝珠よ、幸いあれ』という意味らしい。

詳細は・・・
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のホームページ
に記載されているので、ご参照を。

さて、スワヤンブナートはネパール仏教の聖地とされていて、日本でいう大地創造の神話や七頭龍伝説などに近似している神話が存在している。

『・・・むかーし、むかし。 
神々がいるヒマラヤの麓~カトマンズに、大きな湖がありました。
その湖に浮かぶ島に咲く蓮華の花から、あるとき大日如来が姿を現しました。 
インドへ帰国しようとした際、そのことを知った文珠菩薩は、大日如来に敬意を表するために、この島に向かってみることにしました。
すると、土地の人々が文珠菩薩の下に集まって・・・ 
土地の人々:「モンジュさま><
湖に棲む大蛇が悪い事をして困っているのですよ(涙)」 
と、相談してみました。
モンジュさま: 『大日如来が現れる神聖なこの地に、 
大蛇とは・・・なんたること!』 
そこで、頭の良い文珠菩薩は持っていた剣で南にあるチョバール山を切り開きました。
すると、怪物は湖水とともに流れ去り、民が住める肥沃なカトマンズ盆地が生まれました。 
文殊菩薩は、島だったその丘にストゥーパを建てて、後にゴータマ・シッダールタ(お釈迦様)として生まれ変わる大日如来を万物の創造者として称えたとさ。 』
-おしまい-

(出典: 地球の歩き方より要約・意訳)

その島が現在のスワヤンブナートの丘。
ガスのせいか、盆地がまるで水を湛えた湖のように広がっている。

カトマンズ盆地は3万年前は湖だったこと、チョバール山附近で崩落したため水流が変化したことが地質学の研究によって証明されており、この伝説は単なる寓話ではないのである。

尚、盆地が湖だったという話は、かつての諏訪や奈良、京都なども同様に、かつて大きな沼や湖があったという。

スワヤンブナートは13世紀までにカトマンズ盆地で最も重要な仏教の聖地となり、15世紀イスラム教徒により被害を受けたが、その後再建。
20世紀後半には、中国・チベット自治区の武力侵入(1959年のチベット動乱)により故郷を追われたチベット難民が周辺に住みつくようになったという。

ここスワヤンブナートはチベット仏教だけでなく、ヒンドゥー教の神々も奉られている。

源流が同じバラモンから派生しているのも影響しているだろうが、ネパールにおいて、ヒンドゥー教と仏教に関しては厳格に区別されている訳でなく、比較的寛容な関係にある。

その点においては、過去(~江戸時代)の日本における神仏習合と近似していると思える。

お供えのティカや花で彩られたヒンドゥーの神様の裏にはブッダ像が建立していたり、ストゥーパの脇にはインド様式のお堂が建てられていたり・・・

サリーを着たヒンドゥー教徒がお花を供えている横を、袈裟を着た仏教徒が祈りを込めながらストゥーパを周回している。

仏教・ヒンドゥー教双方共にうまく理解し合い、共生している。
こうした精神を、我々も見習わなくてはならない、と思う。
(いや、日本も過去は持っていたのだが、明治時代以降失われていった(奪われていった)、と記した方が正しいのか。)

さてさて、朝早く訪れたせいか、露天商はちょうど開店準備の最中。
と言いつつ、彼らはのんびりマイペース。
ネワール建築の建物と露店に並ぶ装飾品が、朝日に浴びて美しい。

ハリティ寺院という黄金の寺院。
子供達を守護するヒンドゥー教の女神~ハリティ(鬼子母神)を祀る寺院で、敬虔なヒンドゥー教徒が熱心に参拝していた。
ハリティは安産・子育ての神様とされ、日本にも伝来しており、東京・雑司ヶ谷にある法明寺鬼子母神堂をはじめとして、多くの寺院で祀られている。

ちなみに、ハリティ(鬼子母神)は、もともとは夜叉神・毘沙門天の部下だった武将の妻で、500人の子供を生みながらも、他人の子供を喰ってしまうような鬼だったらしく、ブッダの戒めにより改心した、という恐ろしい逸話が残されている・・・。

デワマルタ・ゴンパという僧院に鎮座されている大日如来像。
チベット画に彩られた院内の装飾、周囲から聞こえてくるモンク(僧)のチャント(読経)、そしてお香の匂い。
チベット密教の世界が五感を伝わって体内に吸収されていく。

スワヤンブナートの通称は『モンキー・テンプル』
数多くのお猿さん達が、奇声を発しながら仏塔や像の上をピョンピョンと跳ね回っている^^

観光客慣れしているのか、カメラ目線でポーズを取ってくれる(冗談)

展望台からは、文殊菩薩が切り裂いたといわれるチョバール山が一望できる。

とても神秘的で、聖地に相応しい佇まいを持つ、スワヤンブナート。
ネパール再訪できたら、ゆっくり時間をかけて巡ってみたい地であった。

次回は、世界最大級のストゥーパ~ボダナートです☆



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