鹿島御児神社
(宮城県石巻市日和が丘2-1-10鎮座)
鹿島・香取神宮から福島浜通り~東北地方にかけて、『鹿島』神社が数多く点在している。
又、延喜式神名帳においても陸奥國に8社もの鹿島社が式内社に比定されている。
黒川郡 鹿島天足和気神社
亘理郡 鹿嶋伊都乃比氣神社、鹿嶋緒名太神社、鹿嶋天足和氣神社
信夫郡 鹿嶋神社
磐城郡 鹿嶋神社
行方郡 鹿嶋御子神社
牡鹿郡 鹿嶋御児神社
| 社殿 |
武甕槌命(たけみかづちのみこと)
鹿島天足別命(かしまあまたりわけのみこと)
鹿島御児神社の御由緒は古く、その創建の由来縁起についてはこれを明らかにする史料はありませんが、平安時代の「延喜式神名帳」には既にその名が見られ、国史現在社として最も由緒深い神社です。
| (中央)愛宕神社・(左)八幡社・稲荷社 |
その乗船がたまたま石巻の沿岸に到着碇泊して錨を操作した際、石を巻き上げたことから、石巻という地名の発祥をみたのだとの言い伝えがあります。
| 天満宮 |
古くより使藩主等の尊崇も厚く、社領・宝物の寄進、社殿の修築等がなされてきました。
明治七年には旧村社に列し、大正十年に旧郷社に列格。昭和十年には旧県社に列格しました。
| 境内 |
ここ鹿島御児神社は開発と戦いの神を祀り、零羊崎神社は海に由来する神を祀っている。
| 鳥居から被災した町を見ることが出来る |
「おぶち」で連想するのは「お渕」のようであり、牧山には龍神についての神話もあることなどから(一般的に龍は、そのくねった容姿から水に由来する神といわれている)往古より川の氾濫や津波などの水害に悩まされていた地域だったのであろう。
そういった先人の教えを無視して、大規模な開発をしてきて「自然を畏れる」ことを忘れてしまった現代人の慢心も、大規模な被害を引き起こしてしてしまった要因のひとつであると思う。
| 麓は壊滅的被害を受けたが、 少しづつ復興しはじめている |
住める地・住めない地のサインを残してくれた先人達の教えは素直に受け止めなくてはならない、と改めて自戒。
次回は、鹿島御児神社の北東(鬼門)の方向に鎮座する社についてです。

0 コメント:
Post a Comment