宮城の社 零羊崎神社 (石巻市牧山)

東北祈念の旅
零羊崎神社
(宮城県石巻市湊牧山鎮座)

日和山の北東牧山の頂(標高255メートル)に鎮座する明神大社・零羊崎神社(ひつじさき)へ。
道中にあった明神大社~拝幣志神社に参拝する予定だったが、震災・津波の被害により、悉く損壊していた。
拝幣志神社は牧山付近にある箱崎山の頂上から麓に遷座されたという。
理由は定かではないが、往古から鎮座していた地であれば被害に遭わなかったであろう。

鳥居
鬱蒼とした森林、視界を遮る程の濃霧、そしてひっそりと建つ石鳥居。
幻想的な牧山の頂に、霊験深さを感じてしまう。

境内
零羊崎神社
御祭神 
豊玉彦命(とよたまひこのみこと)
大海津見神(おおわたつみのかみ)とも申し神武天皇の御母・玉依姫命の御父神にあたられ、海上守護の神であります。

拝殿
安永8年(1779)建立
由緒
今から1800年前、応神天皇2年に神功皇后の御勅願により涸満瓊別神(ひみつにさけのかみ)という名を賜り東奥鎮護のため牡鹿郡龍巻山(たつまきやま)にお祀りされました。
社号は年を経て零羊崎(ひつじさき)となり、龍巻山の龍は除かれ牧山となったのであります。

本殿
爾来皇室をはじめとして国司・領主の崇敬が篤く、貞観元年正月(1140年前)に従四位下に位を進められ、1080年前の延喜の制には明神大社に列せられ明神祭にあずかり、朝廷より幣帛を奉られたのであります。

毎年4月8日、9月9日は大祭事と定められ、みこしを海岸に渡御し、「須賀の市」という市も催され大変な賑わいを呈した。
また千石船は航海毎に当社に祈願し、今も全国の石巻入港漁船は海上安全大漁成就を、農家は五穀豊穣を、商家は商売繁盛を祈願し、高来尊い御神徳を蒙っております。
(略記より)

境内社
さて、涸満瓊別神は潮の満干を司る神といわれ、「涸」は海水が枯れる、「満」は海水が満ちる、「瓊」は玉という意味。

「涸」と「満」の「瓊」といえば古事記での海佐知彦・山佐知彦のお話。
兄・山佐知彦にいじめられていた弟・海佐知彦は、大海津見神から二つの玉を授かった。


ひとつは兄に攻められたときに潮を満ちさせる力を持つ塩盈玉(しおみつたま)、もうひとつは満ちた潮を干かせることが出来る塩乾玉(しおひるたま)。
その二つの玉を用いて兄を懲らしめて、やがて、わたつみの神の娘~玉依姫(たまよりひめ)と結婚して、後の神武天皇を産んだという。
(かなーり話を要約しました。ちなみに玉依姫の本来の姿は何と鮫だったのです!)

蛇足ながら、今年(2012年)は古事記編纂1300年記念の年。
穿った目で見ずに古事記を読むと、とてもおもしろいですよ!

霊なる力を感じる古社の佇まい。
お社までの道程は霧と雪の山道だったのでとても怖かったが、参拝して良かったと思った。

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