京都の社 崇道神社境内社と里堂

京都の社
崇道神社 境内社と里社
(伊多太神社・小野神社)


鬱蒼とした森の中に鎮座する崇道神社。
祟りを鎮魂する神社の沿革と相まって、とても重い空気が漂っているように感じた。

このお社の境内には延喜式内社が二社ある。

伊多太神社
参道の西側に鎮座しているのが伊多太神社。
元当村(上高野)の氏神である伊多太大神を祭神としたお社である。

伊多太神社の祠
御由緒
伊多太神社は、洛北唯一の古い神社で、祭神伊多太大神は元当村氏神であった。
湧水の神・農業の神で都の丑寅に当たるので、小野神社2座(祭神小野妹子天武天皇重臣小野毛人)と共に王城の鎮護神として延喜5年延喜式内社と成った。

伊多太神社の末社
伊多太は、湯立の訛で社前には池ノ内・市川・大湯出等の良田がある。 往古より伊多太神社の神事(湯立儀)は出雲系と同様の神事で坐女は宮中に奉仕した。近世には、知恵の神として都人多数に崇拝されている。 明治41年7月当地崇導神社に合祀された。
(境内案内板より)
尚、末社は鎌倉社・日吉社・三穂津社・三輪社・足之社・教之社の六社。

打たせ滝
対して参道の東側には小野神社が鎮座している。
遣隋使で有名な小野妹子命とその子、小野毛人命が祀られている。

小野神社の手前にある杖置きと打たせ滝。

小野神社
御由緒
小野氏が創祀した神社で小野一族を祀る。以前は崇道神社里堂の南方に石垣があり、ズンショの森と祠があった。現在の小野神社は昭和46年、地元有志により再建された。

慶長18年、崇道神社境内の山腹から小野毛人の鋳銅製の墓誌が発見された。大正3年、墓が調査され、板石で作られた石室は長さ2.5m、幅及び高さ1mで封土が施されていた。墓誌は国宝に指定され京都国立博物館に保管されている。

ちなみに小野神社境内には、写真のような石窟があったり無数の地蔵が並べられていていたりと、祟りを鎮める社としての雰囲気がムンムンとしていた・・・。

さてさて、折角だから崇道神社の里堂にも行ってみた。
叡山電車の線路の先は比叡山。

京都は何気ない風景も画になってしまう。
府民に対して妬んでしまうほど。

集落の中心にある里堂は周囲を生垣に囲まれていて、扉には鉤がかけられており、単なる神輿庫にしてはとても頑丈な造りになっていた。

崇道神社里堂
ここの里堂でも神事が行われているという。
手入れの行き届いた植木、キレイにされていた敷地とお堂を見ていると、何かこの地に深い意味があるような気がしてきてならない。


次回は三角形の鳥居があるお社についてです。

Comments

Popular posts from this blog

信濃探訪 : 守矢史料館 一子相伝の古代諏訪口伝

沖縄久高島巡礼 徳仁川拝所と久高島の町並み

「今伊勢に坐する元伊勢」 酒見神社