京都の社 賀茂別雷神社(上賀茂神社) しだれ桜と立砂

京都の社
賀茂別雷神社 (上賀茂神社) 
一の鳥居~中門
(京都市北区上賀茂本山339鎮座)

下鴨神社(のちほど紹介)からバスで移動し、上賀茂神社へ。
京都と奈良に3日間滞在したが、電車・バス利用だったので、「するっと関西3Days」の周遊券を利用した。
5000円の周遊券で、関西地区のバス・電車が(殆ど)乗り放題!
1日辺り1600円だから元を取るのは簡単なので、ガンガン関西を周遊したい方にはお薦めです☆

一の鳥居
市バスで賀茂御祖神社からここ賀茂別雷神社へ移動する。
賀茂御祖神社はそんなに参拝客が多くなかったが、ここ賀茂別雷神社は平日だというのに結構な賑わい。
きっと皆のお目当ては一の鳥居の先にある・・・

しだれ桜
しだれ桜!

満開に咲き誇っていて、テレビクルーがクレーンを使って撮影していた程。
実に見事な桜に心ウキウキ♡

蜂須賀桜
藩政時代、阿波国と淡路国を治めた蜂須賀家は二百余年にわたり善政を施した。
居城の徳島城は美麗で名高く庭園は屈指の名勝として有名だった。
この庭園には島津家より送られた桜を植樹していた。
この桜は山桜と寒緋桜の自然交配種で春に先駆けて咲く事から目出度い桜として歴代の藩主が愛蔵してきた。
現在この桜は「蜂須賀桜」という銘で広く愛されている。

御所舎
一の鳥居の先にある御所舎。
御所宮の奥には神饌の調理場である贅殿・庁ノ舎(北神饌所)や校倉、そして摂社・奈良社が祀られていた。
御祭神は奈良刀自神(ならとじのかみ)。
いわゆる料理の神様の元祖社とのことらしく、料理関係者などから高い崇敬を受けている。

摂社・奈良社
奈良社
奈良刀自神は、古代の神饌を盛るのに楢の葉をとじ合わせた容器を用いたところから神供を掌る神の御名として称されたと説かれるように、神饌饗膳に関する一切のことを司る神として、千数百年の昔から崇め祀られている。
この奈良社は延喜式内社で奈良神社ともいう。

二の鳥居
広い境内から二の鳥居の注連縄。
紙垂と〆の子との間に、松尾大社同様に穀物のようなものが飾られている。
何の実なのだろう?興味がそそられる。

細殿と立砂
印象的な二の鳥居をくぐると、誰もが見た事のある『日本的』名景が眼下に広がる。

立砂
立砂
細殿の前に一対の立砂がある。
円錐形の麗しい御神体山である神山をかたちどったもので、一種の神籬(神様が降臨する憑代)である。
鬼門・裏鬼門にお砂「清めの砂」をまくのは、この立砂の信仰が起源である。

楼門
御祭神
賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)・・・厄除明神

御神徳
厄除・方除・八方除・電気の守り神

御由緒
神代の昔、本殿の北北西にある秀峰・神山に御降臨になり、天武天皇の御代(678年)現在の本殿に御鎮座になった。
御鎮座以来、広く人々の信仰を集め、特に皇室の御崇敬は歴代にわたり、行幸啓は枚挙にいとまあらず、国家の重大事には必ず奉幣御折願があった。

中門
(中門の先は撮影禁止)
古来、宮中では未婚の皇女を神の御杖代(神や天皇の杖代わりとなって奉仕する者)として奉り、祭祀に奉仕させられた。これを「斎王」と称するが、斎王が奉られたのは伊勢神宮と賀茂社だけであり、両者を区別して、それぞれ「斎宮」「斎院」と呼ぶ。 その後、斎院は35代の礼子〔いやこ〕内親王まで約400年間続いた。

『延喜式』では明神大社に列し、のち山城国一宮として尊崇せされ、明治以降終戦まで官幣大社として伊勢の神宮に次ぐ、全国神社の筆頭に位した。
(御由緒より)

御社殿
社殿
本殿・権殿東西に並び立ち、共に流れ造の典型として国宝に指定されている。
文久三年(1683)の造替で、他の祝詞舎、透廊等四十二棟の建物は、おおむね寛永五年(1628)の再建で重要文化財に指定されている。
境内全域は平成六年(1994)12月17日「古都京都の文化財」の一つとして、ユネスコが制定する人類共有する世界文化遺産に登録された。


次回は賀茂別雷神社の境内社です♪
以下リンクを参照ください⇒http://travelog-jpn.blogspot.jp/2012/03/blog-post_07.html

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