19 March 2012

箸墓古墳(倭迹迹日百襲姫命大市墓)と箸墓伝説

Location 日本, 奈良県桜井市箸中1043
倭迹迹日百襲姫命大市墓
(奈良県桜井市箸中)

箸墓古墳
箸墓古墳は3世紀中期に作られた前方後円墳で、三輪山の麓にあり、建造当時としては最大規模を誇る古墳である。
正式名称は、倭迹迹日百襲姫命大市墓(やまとととひももそひめのみことおおいちのはか)
全長278m、高さ30mもの大きさで、建造年代から『卑弥呼』の墓でないか?とする説もある。

さて、この古墳には『箸墓伝説』と呼ばれる神話があり、日本書紀・崇神天皇の巻に、箸墓古墳について次のような記述がある。

三輪山
大物主神は、第7代孝霊天皇の皇女で崇神天皇の姑、倭迹迹日百襲姫命に神憑りしていたが、のちに妻として娶った。
しかし、その神は昼は来ないで、夜だけ姫のもとにやってきていた。

ある晩のこと。

ももそひめ:「あなた様はいつも夜にしか来ないから、そのお顔を見ることはできません。その麗しいお姿を見たいので、どうか朝になるまで留まっていてください」

大物主:「もっともなことだ。では明日の朝、そちの櫛箱に入っていよう。どうか私の形を見て驚かないようにな・・・」

倭迹迹日姫命は夜明けを待って櫛箱を見てみると、小蛇がはいっていた。

ももそひめ:「キャーっ!」

と、驚き叫ぶ姫を見た大神は恥じてしまい、たちまち人の形となり、こう言った。

「大市」集落
大物主:「お前はがまんできなくて、私に恥じをかかせた。今度は私がお前に辱めをさせてやる!」

といい、大空を踏んで三諸山(三輪山)に登られていった。
倭迹迹日姫命は、驚いてしまった自分に悔い、地べたにどすんと座り込んでしまったその時・・・

ももそひめ:『うっ・・・』

地べたにあった箸で陰部(女性器)を突いてしまい、姫は死んでしまわれた。

姫の墓を大市という集落に葬られ、ときの人はその墓を『箸墓』と名付けた。
その墓は昼は人が造り、夜は神が造った。
大坂山の石を山から墓に至るまで人々が連なって、石を手渡しにして運んだ。

箸墓古墳遥拝所
そのときの様子を次のように歌った。

大坂に 踵(つ)ぎ登れる 石群(いしむら)を
手逓し伝越さば(たごしにこさば) 越難て乎かも(こしがてむかも)

(大坂山に人々が並んで登って 沢山の石を
手渡しして 渡して行けば渡れるだろうか。)

おしまい

<メモ>
倭迹迹日百襲姫命は、孝霊天皇の皇女。
名の意味は、ヤマト(大和)のトトビ(鳥飛び)に基づく神祀りに仕える巫女と解釈されている。名の意味は、霊魂が身体から離脱して空中の鳥のように飛んでゆく、離魂型の巫女名と捉えられている。


*この伝説に関する持論書こうとしましたが、話が飛躍しすぎて公開できませんでした・・・。




次回は、山の辺の道に坐するお社です。

No comments:

Post a Comment