奈良の社 山の辺の社 夜都伎神社

奈良の社
夜都伎神社
(奈良県天理市乙木町765鎮座)

大鳥居
大和神社、そして箸墓古墳に続いては、山の辺の道沿いにある式内社・夜都伎神社。
大鳥居の先に見えるこんもりとした社叢(森)の中に鎮座している。
本神社は奈良・春日大社と関係が深く、この鳥居は嘉永元年(1848)奈良の春日若宮から下げられたものという。

宮山
夜都伎神社の社叢は宮山(たいこ山)と呼ばれ、東乗鞍古墳の一部という。

ちなみにこの日の移動はレンタサイクル。
天理市で借りて、山の辺の道や大神神社周辺までサイクリングを楽しんだ☆

歌碑
鳥居前にあった石碑。

山の辺の 道ははるけく 野路の上に 
乙木の鳥居 朱に立つ見ゆ
東畝

石鳥居
石鳥居の手前にある桜がとても綺麗。
参道の脇には大きな溜池があり、散った桜の花びらが渦を巻くように浮いていた。

境内
参道の石段を上がると、こじんまりとしながらもとても風情ある境内が姿を現す。
藁葺屋根の社殿は、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出していて、とても心が安らぐ。

拝殿
夜都伎神社(やつぎじんじゃ)
祭神 武甕槌命、姫大神、経津主神、天児屋根命
以上、春日四神

由緒
天理市乙木町の北方集落からやや離れた宮山(たいこ山ともいう)に鎮座し、俗に春日神社といい春日の四神を祀る。

『延喜式』に「夜都伎神社」
『大和名所旧跡案内』に「村社夜都伎神社 祭神健伊賀津知命 乙木」
『大和名所図会』に「夜都伎神社乙木村にあり、今乙木明神と称す神明帳出」
『大和志』に「今在二乙木村一宮社称二乙木明神一座」
『神社覈録』に「夜都伎ハ仮字也、祭神詳ナラズ、乙木村二在ス、今乙木明神ト称ス」とある。

『夜登岐神社』と書かれた
拝殿扁額
乙木には、夜都伎神社と春日神社との二社があったが、
夜都伎神社の社地を竹之内の三間塚池と交換して春日神社一社にし社名のみを変えたのが、現在の夜都伎神社である。
当社は昔から奈良春日神社に縁故深く、明治維新までは当社から蓮の御供えと証する神饌を献供し春日から若宮社殿と鳥居を下げられるのが例となっていると伝える。

本殿
中央の大きい本殿に武甕槌命を祀る
現在の本殿は明治39年(1906)改築したもので、春日造檜皮葺、高爛、浜床、向拝彩色7種に華麗な同形の四社殿が未神の琴平神社と並列して美観を呈する。

拝殿は藁葺で、この地方では珍しい神社建築である。
鳥居は嘉永元年(1848)四月、奈良の春日若宮から下げられたものという。
(以上、境内由緒書きより)

鬼子母神
夜都伎神社は、「大和国山辺郡 夜都伎神社」の論社であり、他の論社は同市竹之内町の十二神社と田井庄町の八剣神社とのこと。


ちなみに、集落名「於都岐(現:乙木)(おとぎ)」が転訛して、「夜都伎(よとぎ)」と呼ばれるようになった説や、読みが近似していることから八剱神社との関連性も指摘されているという。

因みにボクは、夜伽(よとぎ)と関係しているのではないか?とも思うのだが・・・。


次回は、山の辺の道についてです♪

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