奈良の社 春日大社 春日神社の総本社

春日大社 
藤原氏の氏神を祀る本宮(大宮)
(奈良県奈良市春日野町160鎮座)

春日大社は、平城京守護の為に神護景雲二年(768年)に創建され、藤原氏の守護神である武甕槌命と経津主命、祖神である天児屋根命と比売神(総じて春日神と称されている)を祀るお社。また、全国3000社程ある春日神社の総本社でもある。

二の鳥居
平安時代の創建という
創建については、鹿島神宮の鹿園にある由緒書きに記載されているので抜粋。

『鹿島神宮の御祭神である武甕槌大神様のところへ、天照大神様の御命令を伝えに来られたのが天迦久神という方で、鹿の神霊とされていることから、鹿島神宮のお使いは鹿となっている。

神護景雲元年(767)に、藤原氏は氏神である鹿島の大神の御分霊を奈良にお迎えして春日大社を創建したが、そのとき御分霊を神鹿の背に乗せ、多くの鹿を連れて一年がかりで奈良まで行った。
その鹿の足跡が、東京都江戸川区の鹿骨をはじめとして、東海道を三重県の名張まで続いて残っている。』

参道
一の鳥居から東西に連なり、数kmにも及ぶ参道には数多くの春日燈籠とも呼ばれる石燈籠が並んでいる。
これは全国の春日神社及び信奉者から寄進されたもので、本宮前には無数の燈籠が鎮座されている。また、社地である奈良公園内には、春日大社の神使である鹿が放し飼いされている。

着到殿附近の参道
参道内には東大寺から流れてきた観光客が数多くいた。
観光客の集団が少なくなったところをパシャリ。

もっと人通りの少ない時間帯に参拝したかったな・・・。

摂社 榎本神社
しばらく歩いていくと鮮やかな朱色で彩られた回廊が姿を現し、その一角に小さな鳥居と祠が建っている。

榎本神社
御祭神 猿田彦命
御由緒 春日の地主の神として尊崇され、本社御鎮座後一時安倍山(現奈良県桜井市)にお遷りになったが承平5年(935年)再びこの場所へ御帰座になった。
御神徳 寿命を守り給う神として信仰され安永4年には宮中より御祈祷を願い出られた。 又同時に導きの神、道開きの神として人生の岐路に御守護を願う人が多い。
(境内案内板より)

榎本神社は式内社に比定されており、現在の祭神は岐神である猿田彦命。
もともとは春日野一帯の地主神~即ち春日氏によって祀られていたが、平城京遷都に伴い、7世紀後半以降より台頭していた新興勢力・藤原氏により社地を交換させられたのではないかと推測される。
武甕槌命と榎本の神との土地交換の伝承話から想像できると思います。
(『榎本神社 武甕槌命』でインターネット検索すれば、伝承話のページにヒットします)

尚、春日氏は天足彦国押人命を祖とする和珥(ワニ)氏(和珥臣・・・丸邇・和邇・丸)の支族で、本拠地は旧大和国添上郡和邇(現:天理市和爾町・櫟本町付近)。
和珥氏一族の一部が6世紀頃に大和国添上郡の春日に移住し、その地名を姓として名乗ったという。

南門 (楼門)
南門をくぐると、手前に幣殿があり、一般参拝者は幣殿前まで入場が許可されている。
尚、特別参拝料(500円)を納めば、回廊内や中門といった本宮境内を散策することができる。

南門前の石
「出現石」または「額塚」
楼門手前に顔を出している石。
まるで鹿島神宮にある『要石』のようだ。

この石は、太古の昔、神様の憑代として祀られた「磐座」或いは赤童子(春日若宮御祭神)がこのところより現れたと言われる『出現石』、または宝亀三年(772)の雷火で落下した社額を埋納したと伝えられる『額塚』等諸説のある神石です。
(境内案内板より)

東回廊
東回廊には数多くの燈籠がぶら下がっていた。
春日大社のHPや自身で撮影した写真を見てみると、本宮内の燈籠は北面と東面に吊るされているように思える。きっと方位的意味合いがあるのであろう。

中門
(中門より先に本殿があるが撮影禁止)
春日大社
大宮(御本殿)祭神
第一殿 武甕槌命
第二殿 経津主命
第三殿 天児屋根命
第四殿 比売神

幣殿、林檎の庭と林檎の木
御由緒
春日大社は、今からおよそ千三百年前、奈良に都ができた頃、日本の国の繁栄と国民の幸せを願って、遠く鹿島神宮から武甕槌命様を、神山御蓋山の山頂浮雲峰にお迎えした。
やがて天下の文化華やかなる神護景雲二年(768)十一月九日、藤原氏の血を引く 女帝、称徳天皇の勅命により、左大臣藤原永手らが現在の場所に初めて南面する神殿を創建。
さらに香取神宮(千葉県)の経津主命様、枚岡神社(大阪府)に祀る藤原氏の遠祖・天児屋根命様と比売神様の四柱を併祀したのがその始まりとされています。

移殿 (内侍殿)
御神前で奉仕をする内侍(女性)が控えていた建物
御祭神である武甕槌命様・経津主命様は、日本の国を秩序ある国にするためにあらゆる神々と交渉され、平和裡に治めた御功績ある神様であります。
また天児屋根命様は神事と政治を守り導かれる神様として、比売神様は天児屋根命様の妃神で平和と愛の神様としてお祀りされ、それぞれの霊験を仰ぎ御加護を頂いてまいりました。
この四柱の神々様は、それぞれ端正な春日造の御本殿(国宝)に鎮座されており、最も尊崇すべき神々として春日皇大神と申し上げ、また、春日四所明神、春日大明神とも申し上げてまいりました。

神庫前にある磐座
太古の昔、御蓋山(みかさやま)の神様を招いて
お祭をした場所 
御創建以来当社は、千古の森の中に朱の柱、白い壁、そして自然の檜皮屋根の本殿・社殿が往古と変わらぬ壮麗で瑞々しいお姿で鎮まっておられます。これは二十年毎に斎行される式年造替という制度により、社殿の御修繕、御調度の新調、祭儀の厳修により日本人の命と信仰が連綿に受け継がれてきたからです。
これにより、清々しくも威厳ある気が境内に満ち、神様の広大無辺なるお力や有り難さがしみじみと感じられる名社として今日に至っております。

また、全国三千に及ぶ春日の御分社、奉納された三千基の燈籠は、その厚い信仰に広がりを示しております。
平成10年12月には、春日大社や春日山原始林を含む「古都奈良の文化財」がユネスコの世界遺産に登録されました。
(以上、春日大社配布略誌より)

藤浪之屋
藤浪之屋はかつては神職(禰宜)の詰め所だった。
8月14・15日に催される「中元萬燈籠」の幽玄な雰囲気を味わってもらう為の神社側の粋な計らいです。ちなみに、薄暗い屋内に灯される燈籠は少し不気味な感じ・・・。
(写真は高露出のため、明るく見えるが)

椿本神社(手前)と
八雷神社、佐軍神社(本殿内)
後殿御門の門前に鎮座しているのが椿本神社。

椿本神社
御祭神 角振神
御本殿の北西に位置するこちらの御社は春日様の御眷属の神様で、 隼の明神とも申し上げ災難をお祓い下さる神様です。 椿の木がこの付近にあったことから、こちらの御社名になったとも伝えられています。
奉献 椿本チェイン株式会社

八雷神社、佐軍神社は本殿大宮内に鎮座する末社。
(何故か案内板があったので標記した)

内院末社
八雷神社 御祭神 八雷大神
雷神様で、古くから祈雨神事がおこなわれている。雷除けや電気関係者の信仰が篤い。
佐軍神社 御祭神 布津之霊大神
大宮第一殿の大神様の御佩刀で、国土平定に偉大な霊験のあったことにより、災禍をお祓いされる神様である。
栗柄神社 御祭神 火酢芹大神
水神様で五穀豊穣の神様であり、祟りを攘われる神様でもある。
杉本神社 御祭神 大山咋大神
疾風(ハヤチ)の神様。また山岳の守護神様である。速やかに霊験をあらわされる神様である。
*以上の御社へは後殿御門より御参りください。

・・・入場できたのですか、そうですか(涙)

風宮神社と
伝開山上人御手植 七種の寄木
風宮神社
御祭神 級長津彦命、級長津彦命
御神徳 風神様で息を司られることから生命の神、また当社ではお祓いの神様、そして祈願を取り次がれる神様である。
そばにある七種寄木は風神が色々の種を運んでこられたと伝えられ、「やどる」という意から子授けの信仰が篤い。
奉献 ダイキン工業株式会社

直会殿内
・・・末社の正面に、御祭神よりも大きい字体で、『奉献企業名』が列記されていると、世俗にまみれた感じがして、とてもじゃないが『神が坐す社』にいる気になれなかった。

神使のニホンジカ
そんなボクの気持ちとは裏腹にのんびりと『我が森』で悠々と日向ぼっこしている鹿様ご一行。
広大な敷地内に飛火野という広場がある。
古くは「とぶひの」ともいわれた地であるが、菩提川に流れる小さな小川沿いにて、祭祀遺跡が多く発掘されている。

飛火野では烽火(のろし)がかつて上げられていたといわれているが、そういった古代祭祀を行った『聖なる場所』だったのであろう。


次回は本宮南側の社叢に鎮座されている『若宮十五社巡り』についてです。

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