奈良の社 大神神社 「元伊勢」檜原神社

奈良の社
大神神社 摂社 檜原神社


三輪山の麓に点在する大神神社の摂末社を参詣の後、記紀神話にて倭笠縫邑に鎮座していた『元伊勢』のひとつとされている大神神社摂社の檜原神社へ。

『元伊勢』とは、先の大和神社でも記したが、次の通り。

それまで天照大神・倭大国魂神の二神を天皇の御殿の中に並べて祀っていたが、崇神天皇五年以降、国内には疫病や飢饉が発生し、多くの民が死んでいきました。
崇神天皇は、『これは両神のお力があまりに強いからだ』と畏れ、両神を共に並べることに対して、不安を覚えました。 
そこで天照大神を崇神天皇の皇女・豊鍬入姫命に託し、大和の笠縫邑(元伊勢といわれている場所・檜原神社、多神社など)に祀り、その地に堅固な神籬を造りました。

・・・その後約90年程かけて、、丹波や近江、尾張等各地を転々としながら天照大神を祀る地を探して最終地・伊勢の神宮に辿り着いたという話である。

さて、大神神社から「山の辺の道」を歩いて進むのが正式な参拝順路だが、レンタサイクルを利用し、さらに再度天理駅へ引き返さねばならなかったので、一般道へ。
この道の雰囲気も実に良く、見事な門構えの家々が軒を連ねていた。

茅原大墓古墳
神社へ向かう途中に立派な古墳を発見。
この辺りの集落は、茅原(ちはら)といい、日本書紀に出てくる「神浅茅原(かむあさぢはら)」の地とされている。

茅原大墓古墳 (国指定史跡)
この古墳は、三輪山の西麓に築かれた、帆立貝式の前方後円墳である。
墳丘部全長約66m後円部径約56m、前方部幅約29mで、箸中古墳群の中では、「箸墓古墳」に次ぐ規模をもっている。

墳丘に葺石とともに円筒埴輪が樹立していたらしく、破片が散乱している。
また、周囲に周濠の痕跡をとどめている。
この古墳の築造年代は五世紀と考えられている。

帆立貝式の古墳は全国でも数が少なく、古墳時代中期の墓制を考える上で貴重な古墳である。
桜井市教育委員会

檜原神社参道
先にうっすらと二上山が見える
茅原古墳から檜原神社へ。
しかし、自転車で移動するにはあまりにも難儀な急坂が・・・。
結局自転車から降り、押しながら移動。
ようやく到着して、後ろに目を遣ると、眼下に美しい風景が広がっていた。
晴れていたら、参道の直線状に二上山が一望できたらしいが、曇りがかった空の景色もまた幻想的で美しい。

檜原神社鳥居
~元伊勢~
檜原神社と豊鍬入姫宮の御由緒

大神神社の摂社「檜原神社」は、天照大御神を、末社の「豊鍬入姫宮(とよすきいりひめのみや)」(向かって左の建物)は崇神天皇の皇女、豊鍬入姫命をお祀りしています。 

第十代崇神天皇の御代まで、皇祖である天照大御神は宮中にて「同床共殿(どうしょうきょうでん)」にお祀りされていました。同天皇の六年初めて皇女、豊鍬入姫命(初代の斎王)に託され宮中を離れ、この「倭笠縫邑(やまとかさぬいむら)」に「磯城神籬(しきひもろぎ)」を立ててお祀りされました。その神蹟は実にこの檜原の地であり、大御神の伊勢御遷幸ののちもその御蹟を尊崇し、檜原神社として大御神を引続きお祀りしてきました。

そのことより、この地を今に「元伊勢」と呼んでいます。

(右)檜原神社(左)豊鍬入姫宮

檜原神社はまた日原社とも称し、古来社頭の規模などは本社である大神神社に同じく、三ツ鳥居を有していることが室町時代以来の古図に明らかであります。 萬葉集には「三輪の桧原」とうたわれ山の辺の道の歌枕となり、西につづく桧原台地は大和国中を一望できる景勝の地であり、麓の茅原・芝には「笠縫」の古称が残っています。

また「茅原(ちはら)」は、日本書紀崇神天皇七年条の「神浅茅原(かむあさぢはら)」の地とされています。更に西方の箸中には、豊鍬入姫命の御陵と伝える「ホケノ山古墳(内行花文鏡出土・社蔵)」があります。
(境内案内板より)

檜原神社と三輪鳥居
三輪鳥居がとても印象的な檜原神社。
神域に相応しい佇まいを感じさせてくれる。

大神神社摂社 檜原神社
御祭神 天照大神若御魂神、伊弉諾命・伊弉册命
御例祭 二月十五日 檜原神社祭 一月十五日、八月二十八日
月次祭 毎月十五日
御由緒 
第十代崇神天皇の御代、それまで皇居で祀られていた「天照大御神」を皇女豊鍬入姫命に託してここ檜原の地(倭笠縫邑)に遷しお祀りしたのが始まりです。
その後、大神様は第十一代垂仁天皇二十五年に永久の宮居を求め各地を巡幸され、最後に伊勢の五十鈴川の上流に御鎮まり、これが伊勢の神宮(内宮)の創祀と云われる。

豊鍬入姫宮
大神神社末社 豊鍬入姫宮
御祭神 豊鍬入姫命
御例祭 十一月五日
月次祭 毎月五日
御由緒
御祭神は第十代崇神天皇の皇女であります。
皇女は「天照大御神」を倭笠縫邑にお遷しし、初代の御杖代(斎王)として奉仕されたその威徳を尊び奉り、昭和六十一年十一月五日に創祀されたものであります。

斎王とは天皇にかわって大神様にお仕えになる方で、その伝統は脈々と受け継がれ、現代に於いても皇室関係の方がご奉仕されています。


次回は美しい大美和の桜でも☆

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