奈良の社 『風神』 龍田大社と神南備神社

龍田大社
(奈良県生駒郡三郷町立野南1-29-1鎮座)

風神・龍田大社は、大和川を挟んで、水神・廣瀬大社の真西に鎮座している古社。
創建は崇神天皇の御世からといわれ、延喜式巻八には『龍田風神祭』の祝詞が記載され、さらに二十二社に指定されている大社。

神南備神社 参道
JR大和路線の三郷駅から龍田大社に向かう途中に小高く独立した丘がある。
生い茂る木々の中にある参道を登ってみると、頂上に祠があった。
龍田大社の南側に位置するこの社は神南備神社といい、龍田大社の境外末社。

神南備神社
神南備とは神様がお住まいになる森という意味で、神名人、甘南備とも書き「かむなび」と読む。
山が平地に接する端山にある。
立野の神南備は、飛鳥の神南備と共に有名で、万葉集にも十首以上詠まれている。

清き瀬に 千鳥妻喚び
山の際に 霞立つらむ 甘南備の里
(万葉集 巻七、1125)
神南備の 伊波瀬の杜の 呼子鳥 
いたくな鳴きそ 我恋益る
(万葉集 巻八、1419)
神名火の 磐瀬の杜の ほととぎす
毛無の丘に いつか来鳴かむ
(万葉集 巻八、1466)

神南備神社 社殿
このあたり、大和と河内の境になるので、奈良から難波(現在の大阪市)への要路でもあり、愛情をこめて別れを惜しんだ所でもあった。

わが行は 七日はすぎじ 龍田彦
ゆめこの花を 風にな散らし
(万葉集 巻九、1748)
妹が紐 解くと結びて 立田山
今こそもみち 始めてありけれ
(万葉集 巻一〇 2211)
秋されな 雁とびこゆる 立田山
立ちても居ても 君をしぞ思ふ
(万葉集 巻一〇、2294)
龍田山 見つつ越え来し さくら花散り
かすぎにしわが 買えるとに

平成十年 三郷町教育委員会

龍田山の麓
神南備神社を越えてお社に向かい北上すると、立野周囲が一望できる丘、そして生駒山地の裾野が見えてくる。
ところどころに咲く桜の木々が春の華やかさを感じさせる。

大鳥居
鳥居の先に社殿、そして龍田山の御座峰がある。
本殿の方向は奈良盆地を見守るかのように東に向いている。

鎮座地の立野は、大和川を一望できる丘に鎮座されていることから、大和国に侵入してくる外敵に対する見張台のな位置づけになっているように思え、本殿の向き等から総合すると、『大和国の岐神』的役割も果たしていたのかな?なんて想像。

手水舎
龍に因んだお社だったので、龍口から湧き出る御神水をパシャってみた。
(普段はあまり撮らないが・・・)

境内
龍田神社の祭神は、天御柱大神(別名 志那都比古神)と国御柱大神(別名 志那都比売神)。
シナツヒコとは、『古事記』の神産み(神々の生成)にて、イザナギとイザナミの間に生まれた風の神で、(日本書紀では級長津彦命)関東地方では川勾神社が『磯長国(現在の小田原~足柄地方)を開拓した神』として祀られている。

尚、伊勢の神宮では、皇大神宮(内宮)の別宮に風日祈宮、外宮の別宮に風宮があり、両宮ともシナツヒコとシナツヒメを祀っている。

拝殿
龍田大社
本殿御祭神 (二座)
天御柱大神(別名 志那都比古神)
国御柱大神(別名 志那都比売神)

摂社 (二座)
龍田比古神・龍田比売神
「龍田」周辺の氏神様

末社(三座)
上座 天照大御神・住吉大神
中座 枚岡大神・春日大神
下座 高望王のお妃

拝殿より

創建
今から約二千百年前、第十代崇神天皇の御代、国内に凶作・疫病が流行し騒然としている中で、天皇の御夢に・・・
『吾が宮を朝日の日向う処、夕日の日隠る処の龍田の立野の小野に定めまつり云々』
という御神託があり、その通りに御宮を造営すると疫病は退散し豊作に成ったとあり、当社の創建と考えられます。(延喜式・龍田風神祭祝詞より)

摂社に祀られている龍田比古神・龍田比売神は、この土地周辺の氏神様として信仰されており、「龍田」の地名は、初代神武天皇即位前に遡る古い地名です。(式内社『延喜式・神名帳』より)

本殿及び摂社群

龍田大社は、日本書紀の天武天皇の巻にて、次のように記されている。

『天武天皇四年(675)三月十日、小紫美濃王・小錦下佐伯連広足を遣わして、風神を竜田の立野に祭らせた。小錦中間人連大蓋・大山中曽禰連韓犬を遣わして、大忌神を広瀬の河原に祭らせた。』

その後、毎年のように『竜田・広瀬の神を祭る云々』等と書かれていることから、飛鳥時代から平安時代にかけて有力な大社だった。

白龍神社
末社 白龍神社
江戸末期に当社ご神威に白蛇として出現し、明治後期一夜にしてそのお姿が見えず当時騒然たちしも、明治四十一年春、突如(大和国葛城郡)にごり池に白龍として出現されし吉報に依り当時藪宮司・神官・地元氏子に依り、辛櫃を奉持しお迎え申し上げ、この地に祭祀されたのが当社創建と伝わる。
その夜、本社龍田大明神のお使え、神結びの神・浄難災難除けの神として女性の方々の信仰は特に篤く安産時期には祈願に訪れる参拝者が多い。

白龍大神様
御石にお水をかけることを好まれると、わざわざ注意書きに書いてあったにもかかわらず、誤って龍の水口に懸命にかけてしまっていた(笑)
・・・セッカチですいません。

龍田恵美須神社
三室稲荷神社
龍田恵美須神社
当社は寛元元年(1243)摂津国恵美須神総本社であります西ノ宮戎神社から御分霊を勧請し祭事を続けられてましたが、何時しかその御社殿も荒廃しましたが、昭和六十三年、再び西ノ宮戎神社から御分霊をお迎えした
三室稲荷神社
当社の御創建は定かではありませんが、往古から三室稲荷さんとして商売を営む人々の信仰篤く、商売繁盛の神として訪れる参拝者が絶えない。

祈祷参集殿の入口にあった龍神のお姿
龍田大社の代表的祭事・風鎮(ふうちん)大祭は日本書紀に記載されている通り、天武天皇の御代から続く由緒あるお祭。
この風鎮大祭は風しずめのまつりとされ、風水害、凶作、疫病が流行しこれらを鎮める為に風の神を龍田に祀りお祭りが行われたのが最初で、廣瀬大社の砂かけ祭と呼応して催されている。

境内
風鎮大祭の締めくくりは、有名な『風神花火』。
約5メートルもの火柱が上がる壮観な手筒花火、そして拝殿前の支柱に設置された花火はまるでナイアガラの滝のように大地に降り注ぐ。
風神花火の由来は、廣瀬大社の「水」に対するものとして、龍田大社では「火」が祀られていることとから由来している。
この両社は陰陽的な関係のお社として今も永く崇敬されている。


次回は、龍王のお宮さんです♪

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