21 April 2012

奈良の社 葛木倭文座天羽雷命神社

Location 日本, 奈良県葛城市加守
葛木倭文座天羽雷命神社
二上神社
加守神社
(奈良県葛城市加守1045鎮座)

二上山
葛木倭文座天羽雷命神社は、近鉄南大阪線の二上神社口駅から徒歩15分程の場所に鎮座しており、参道から二上山の雄岳・雌岳の山容を見ることが出来る。
現在は葛城市だが、旧當麻町(たいままち)に属し、本神社より飛鳥時代創建の當麻寺の方が有名?
鳥居
さて、二上山では古くから旧暦3月23日(4/23)に「岳のぼり」という民間行事があり、二上山の水で稲を作っている「山の郷」の民が、山の神を迎えるために、山頂に登っているという。

以前、多神社の項にて『二上山の両峯の間に太陽が落ちる頃(9月末)、民は収穫の時期を知る』旨のことを書いたが、大和三山や三輪山同様に『神奈備』として崇められていた山だったのであろう。

社殿
また、古事記での履中天皇の巻にも難波宮から石上神宮へ向かう際、大坂の入口で二上山の麓にある『當麻道』へ迂回して云々・・・といった記述もある。
(石上神宮のリンク参照)
因みに、こういった事は参拝後に学んだことで、もっと深く勉強して参拝に臨めばよかった・・・と少し後悔。
扁額
葛木倭文座天羽雷命神社は天羽雷命(あまはいかづちのみこと)を主祭神とし、右殿に摂社・掃守神社(天忍人命)、左殿に摂社・二上神社(豊布都霊神・大国御魂命)を配祀し、三社ともに延喜式式内社に比定されている。

葛木倭文座天羽雷命神社は日本全国に点在する倭文神社(しとりじんじゃ)の元祖と云われているお社。一般的に「織物の神」とされており、倭文社の鎮座地を見れば、どのように織物技術が日本中に伝播していったかが分かる。
また、葛城二上神社の本社は二上山頂に鎮座しており、本神社は里宮と思われる。

拝殿より本殿を眺める
葛木 倭文座天羽雷命神社
祭神 倭文の祖 天羽雷命
天羽雷命は、古書によると、天照大神の荒衣和衣の御衣を織り、天孫降臨の時、御衣織として共に降臨、起織の術を授けられた神です。
伊勢、駿河、伊豆、甲斐、近江、上野、丹後、但場、因幡などの国々に祀られているが、その根本の神と言われてきた。
倭文は文布(あや布)で、子孫も倭文氏とし、諸国に機織と裁縫の術を伝えた。

絵馬が多く奉納されていた
葛城 二上神社
祭神 豊布都霊神(又の名、建御雷神)・大國御魂神
豊布都霊神又の名を建御雷神と申して大國主命と國譲りの談合の結果、その御子、建御名方神と海辺で力競べの角力を取り、この難問を解決された神で、この角力は日本の名勝負の第一に挙げられています。現在武道体育の神として祀られています。
大國御魂神は建速左男神の御孫で非常に温和な神で、専ら富国に努力され、星祭の神つまり厄除けの神として祀られています。
この二神を総じて、文と武の神、縁結びの神として、あがめられています。

社殿を支える石垣
加守(掃守)神社
祭神 掃守の祖 天忍人命(産育の祖)
古語拾遺に、神武天皇の御父、鵜草葺不合命の生まれます時、海辺に宮室(産室)を建て箒を造り蟹を掃ふ、是を以て蟹守と言ふ。 中古、掃部の職は、この神より出たものです。
蟹守、加守は祓ひの意であり、この氏族は機織と共に全国に散在している。
(以上、境内案内板より)

百度石
実は境内のどこかに注連縄を巻いた磐座があるらしいが、見つけることができず・・・。
代わりに境内に置かれていた百度石でも><

境内
木々に囲まれた境内。
写真をよく見ると二宮尊徳像があります。


次回は、古代豪族・蘇我氏を祀ったお社です♪

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