キノミヤを追いかけて 大瀬神社と富士の絶景

大瀬神社
(静岡県沼津市西浦江梨字大瀬鎮座)

大瀬神社は伊豆半島の西北の駿河湾に面した大瀬崎に鎮座する社。
大瀬崎はスキューバー・ダイビングが盛んな所で、更に富士山の絶景ポイントと呼ばれる場所としても有名。この岬一帯が大瀬神社の社地となっている。

大瀬崎と富士山
本神社は延喜式神名帳で、伊豆国田方郡二十四座のひとつの引手力命神社とされているが、他にも伊東市の大室山など論社が多くある。

江戸時代の歴史書(「豆州志稿」)によれば、元々琵琶島という一つの島だったが白鳳十三年(684年)の大地震によって隆起して岬となったとされ、さらに土佐国から土地を引いてきて島を造ったという伝説もあり、その神霊に感じて引手力命の神名をつけたのではないか?と記されている。

社頭
この根拠として、日本書紀(巻第二十九 天武天皇)にて、白鳳十三年十月十四日夜十時(旧暦)に、西日本一帯襲う大地震が発生し、土佐国では田畑五十余万頃(約12k㎡)が海に沈む程の大災害が発生。
翌夕には、鼓が鳴るような音が東方で聞え、
『伊豆の西と北の二面が突然三百丈あまり広がり、もうひとつの島となった』
という記述があることから、この伊豆の隆起した島が大瀬崎ではないか?とされている。

拝殿
また、大瀬の地名は尾瀬・御瀬からあるといい、この州の突端が沼津の西方を指し、さらに暗礁もなし『セ』をなしており、『セ』は背、塞を意味していることから大瀬という。

本神社が果たして式内社『引手力命神社』だったのか?という論議は別として、富士山が全貌できる風光明媚な地であり、次回紹介する神秘的なビャクシンの巨木や幽玄な神池を拝観してしまうと、あやふやな歴史の論争なんて吹き飛んでしまう。

本殿
大瀬神社
祭神 引手力命

当神社は白鳳十三年(684)大地震が起き、土佐国で多くの土地が海中に没した反面突然三百余丈も盛り上がり島が誕生したとある。
また、土佐国から土地を引いてきて島を造ったという伝説もあり、その神霊を感じて引手力命として祭ったとされる。
当社は古来から力技射術の霊験があるといわれ源為朝・頼朝が源氏再興を祈願し、弓・矢・かぶと・宗近の銘刀、政子御前が御神鏡を奉納されたとあるほか、各時代の武将御太刀を奉納されており源氏の再興もかなえられ再三参拝されたと記されている。


建武年間(室町時代)、熊野より水軍の武将・鈴木繁伴一族が近辺を領し祭祀にいそしむとあるが、その後の地震津波により社弓矢など皆失われてしまった。しかし。金銅尊躯を砂中で発見、再建、海の守護神として駿河湾一円の漁民の崇敬・尊信篤く今日に至る。

現在の社伝は火災により昭和十四年に建造されました。

周囲300メートル、海の干満と関係する底なしの池とされながら真水で数万匹の鯉・鮒・鯰等の淡水魚が元気に泳いでおり神秘的で人々のみそぎの池であり、伊豆の七不思議のひとつである。
(境内案内板より)

絵馬殿
絵馬殿は境内にあり、参道脇に建っている。
休日参拝だったせいか、終日開錠しているようだったので、見学してみた。

絵馬殿内
絵馬殿の中には古い扁額や多くの奉納物が納められていた。
やはり海事に関する物が多く、船の画や魚や亀をミイラにしたもの、舵取りといった奉納物が数多く奉られていた。

ふんどしの奉納
社殿右端に並べられている褌(ふんどし)。
海運関係者が、自身の海上安全祈願のために奉納されているという。

大瀬崎からみた富士山
神社境内から見た富士山と駿河湾。
本当に美しい山容です☆

大瀬の浜

次回は、聖地~神池とビャクシンの老大木です。

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