23 May 2012

静岡浅間神社 神部神社・淺間神社 日本一高い木造神社建築

Location 日本, 静岡県静岡市葵区宮ケ崎町102−1
静岡浅間神社 (1) 神部神社・浅間神社
(静岡県静岡市葵区宮ヶ崎町102-1鎮座)

静岡浅間神社(通称おせんげんさま)は、静岡市賤機山の麓に鎮座する社で、神部神社・浅間神社・大歳御祖神社の三社を総称している。
この三社は同じ境内にあり、さらに神部神社・浅間神社は同殿に鎮座している。

神部神社・浅間神社総門
神部神社は崇神天皇の御代の創建で、駿河開拓の祖神・駿河の国魂の大神として鎮座された。延喜式内社であり、平安時代より駿河国総社とされた。
また、倭文機神社・美和明神とも別称されており、倭文神との関連がある。
浅間神社は延喜元年(901年)に醍醐天皇の勅願により富士山本宮浅間大社から御分霊を勧請され、以来『冨士新宮』として崇敬されてきた。
大歳御祖神社は『奈吾屋大明神』と称され、第十五代応神天皇四年の鎮座と伝えられ、延喜式内社である。

神部神社・浅間神社楼門

静岡浅間神社の境内に入ると、社殿の壮麗さに驚かされるが、これは、徳川家康の出い立ちに由来していると思う。

徳川家康は幼少の頃、今川氏の人質として賤機山の北側にある臨済寺に預けられていて、14歳の元服の儀式は当神社で行ったという。
そして1582年(天正10年)、三河・遠江の戦国大名となっていた家康は、賤機山に築かれていた武田氏の城塞を攻略するにあたり、

『無事攻略できたならば必ず壮麗な社殿を再建する』

との誓いを立てた上で、当社の社殿を焼き払い、駿河領有後に現在の規模と同程度の社殿を建造した。
(ウィキペディアより引用)

以来、歴代徳川将軍の崇敬神社となり、社殿群は大造営されて篤く庇護されていったのである。

大拝殿
廻廊内に入ると、まず目に飛び込んでくるのが、極彩色で彩られた重層な大拝殿。
大拝殿は文化元年(1804)の大造営時に再建された社殿で、浅間造りの独特な建築様式。
高さは25メートルで、出雲大社本殿(高さ24メートル)よりも高く、日本一高い木造神社建築という。
貞享元年(1684)貝原益軒の記した『吾妻路之記』には、
「美麗なる大社なり。日本にて神社の美麗なる事、日光を第一とし、浅間を第二とすと云う」とあり、古くから『東海の日光』と称えられていた。

舞殿
静岡浅間神社

神部神社
祭神 大己貴命 (別名・大国主命)
配祀 瓊瓊杵命・栲幡千々姫命・東照宮
崇神天皇七年(紀元前90年)の鎮座と伝え、延喜式内社で倭文機神社・美和明神とも別称され、この地方最古の社。
制による国府がここに置かれ駿河国総社と仰がれた。
次の各社と共にそれぞれが縣社(明治六年)に列格され、國幣小社(明治廿四年)に昇格した。

淺間神社
祭神 木花開耶姫命 (天孫瓊瓊杵尊の御妃神)
配祀 瓊瓊杵命・栲幡千々姫命
醍醐天皇の勅願により延喜元年(901年)富士本宮浅間大社の分霊を勧請したと伝え、全国千三百余社の分祀のうち最大最古の社。富士山を神体山と仰ぎ富士新宮と称えられる安産子授けの神。
後世、仏説の影響で「センゲン」と音読する。

舞殿から大拝殿を眺める
大歳御祖神社
祭神 大歳御祖命 (倉稲魂神・大年神の母神 別名・神大市姫命)
配祀 雷神
応神天皇四年(273年)の鎮座と伝え、延喜式内社で奈吾屋社・大歳天神とも別称された。
上古からの「安倍乃市(現市街)」の守護神・地主神として崇められてきた。
社名は、大年神・倉稲魂神(稲荷大神)の母(御祖~みおや)神を表している。

本殿
左:淺間神社 右:神部神社
この三社は、静岡市街の北北西の方位、「静岡」の地名の由来となる賤機山(しづはたやま・賤ヶ丘)の最南端に、神部・淺間両社は東面して、大歳御祖神社は南面して祀られる。
古くから朝廷をはじめ、国司・武門・武将が崇敬し、徳川家はもとより、各時代に於いて北条氏(鎌倉幕府)・今川氏・武田氏が社殿の造営、社領の安堵等の赤誠を捧げた。
(以上、境内由緒書きより)

大拝殿の奥の高台には神部神社・浅間神社の本殿が鎮座している。
木々に隠れてよく見えなかった・・・。
因みに300円を納めれば、本殿特別参拝が可能だという。
狩野栄信画の「八方にらみの龍」などの天井画も拝観可能とのこと。
次回参拝の機会があれば、拝観してみようと思う。

左:ご神水の井戸 右:神厩舎
左の御神水の井戸は、総門をくぐった左側にある。
寛文十年(1670)の境内古図に記載されていることから、寛永年間の大造営時以前に存在していたとされている。その後空井戸として保存されていたが、平成三年に上屋を造営したという。
右の叶馬は、総門右手にあり、馬の彫刻は左勘五郎の作。
安永の火災の折、二頭の神馬(木の馬)は三保の明神(御穂神社)に逃げ、一頭はそのまま残り、もう一頭は戻ってきたという伝説がある。

広々とした境内に美しい社殿群。
原始的信仰が残るお社巡りだけでなく、本神社のような日本的(江戸的?)で壮麗な建築物をのんびり拝観していくのも悪くない。


次回は、大歳御祖神社と、これまた徳川幕府の栄華を想起させる境内社についてです♪

No comments:

Post a Comment