静岡浅間神社 大歳御祖神社と賤機山

静岡浅間神社 (2)
大歳御祖神社及び境内社

神部神社・浅間神社大拝殿
静岡浅間神社は神部神社・浅間神社、そして大歳御祖神社の三社を総称した社。
前回は神部神社・浅間神社を中心に記してきたが、今回はもうひとつの社・大歳御祖神社と境内社について綴っていきたい。

大歳御祖神社社殿
大歳御祖神社は、神部神社・浅間神社から離れた境内南側に鎮座している。
当神社には、天保年間建立の拝殿と楼門が存したが、太平洋戦争の空襲により焼失したため、鉄筋コンクリート造の拝殿と神門が再建されたらしい。
神部神社・浅間神社 は(ほぼ)東方向を向いているが、本神社は南側の方角に向いて坐している。

大歳御祖神社(奈吾屋大明神)
主祭神 大歳御祖命(倉稲魂神・大年神の母神、別名神大市比売命)
配祀 雷神
由緒
総国風土記によれば、第十五代応神天皇四年の鎮座と伝えられ、延喜式内社である。
もとは奈吾屋社とも称した。
往古の安倍の市(静岡・安倍川)の守護神であり、現在は諸産業繁栄の守護神として信仰される。
(参拝の栞より)

さて本神社は、三社以外に立派な社殿で祀られている境内社がある。
特に八千戈神社と少彦名神社は仏堂の佇まいを残しており、江戸時代の神仏習合の名残を見受けることができる。

まずは、社務所手前に鎮座している八千戈神社。
神部神社の御祭神・大己貴命の荒御魂神である八千戈命のほか、浅間神社末社九社を祀る。
太陽光が強すぎて、写真が白抜けしてしまっているのは御愛嬌(笑)

八千戈神社
八千戈神社
例祭日 十月十五日
本境内社は、明治以前は徳川家康公が合戦で常に奉持した念持仏を祀ったことから東照公ゆかりの摩利支天社と称された。
維新後、神仏分離に際し、金印木像は臨済寺に遷され、以後八千戈を御祭神とする。

昭和五年五月二十九日、昭和天皇御親拝の折には、神部浅間両社御修理中で当社を仮殿としていたので、この大前で御観拝あらせられた。
当社は東照公ゆかりの幕府崇敬の社で、社殿の造営も本社に次いで行われた。
現在では、武神として信仰され、一般に勝事の祈願所として広く信仰をあつめている。
(境内御由緒書より)

少彦名神社
少彦名神社
例祭日 一月八日
本社は少彦名命を主神とし、他に神部神社末社十四社の祭神を相殿とする。
もと神宮寺薬師堂を称し、薬師十二神を祀っていたが、維新後神仏分離に際し、臨済寺に遷され現在は少彦名命を御祭神とする。

社殿は入母屋造銅瓦葺 朱塗で細部に彩色を施し、特に欄間に飾られた立川流彫刻「十二支」は名作として著名である。
古来境内社として、病気平癒の信仰はすこぶる熱く、御例祭には市内薬業関係者の参列がある。
(境内御由緒より)

玉鉾神社
玉鉾神社
祭神 羽倉東磨大人命、岡部真淵大人命、本居宣長大人命、平田篤胤大人命
当社は国学の祖神たる四大人(うと)を奉斎し、明治九年岩月、静岡県内の住職が官許を得て創立した。 玉鉾の道の祖神を祀る意を以て玉鉾神社を称した。

麓山神社参道(百段)
静岡浅間神社の背後にある神奈備・賤機山(しづはたやま)。
境内から伸びる百段の参道を登った箇所に本神社の別宮で、『山宮』と称されている麓山神社が鎮座している。

麓山神社
麓山神社(はやまじんじゃ)
祭神 大山祇命 配祀 日本武尊
古来、賤機山上に鎮座し、本社の別宮で「山宮」と称せられた。
本社浅間神社の祭神・木之花咲耶姫命の御父神である大山祇命を主神とし、日本武尊を配祀する。従来四本社の一つに列し独立の神社であったが、明治12年7月22日郷社に列し、境内社となった。
尚、当社は宮元八ヶ町の氏神でもある。

麓山神社 本殿
極彩色で彩られた本殿は、境内社とは思えない程勇壮且つ絢爛な佇まい。
日光の二荒山神社の元宮・瀧尾社を想起してしまう。
ちなみに、本殿の先にちょっとした山道があるが、単なる登山路ですのでご注意を。

賤機山古墳
そして、麓山神社の側には、賤機山古墳がある。
賤機山古墳(しづはたやま)は、六世紀頃の築造とされ、円墳で県下随一の家形石棺を有し、装身具・武具・祭祀遺品等が出土した。

広い境内、豪華な社殿群の美しさ、そして山歩きも楽しめ、更に古墳まであるという、古社好きには堪らない神社。当初の予定だと、別のお社へ参拝しようと計画していたが、立ち寄ってみてよかったと思える神社でした。

次回は遠江國一宮です♪

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