尾張國一宮 真清田神社

伊勢への道
真清田神社
(愛知県一宮市真清田1-2-1鎮座)

熱田神宮に続いては尾張国一宮・真清田神社について。
JR一宮駅から徒歩10分程度、駅前中心のアーケード街を抜けた先が神社正面。
参拝した時は雨が強かったのでとても助かった。

真清田神社 石鳥居
真清田神社は尾張氏の祖とされる天火明命(アメノホアカリ)を祭神とし、本殿裏側の別宮・三明神社に天火明命の荒魂を祀った神社。

天火明命の父神は天忍穂耳命(アメシノオシミミノミコト)で、天孫降臨をした瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の兄神である。
但し、天火明命が祭神とされたのは明治時代以降とのことらしく、かつては大己貴命や國常立尊などが祭神だったと、多くの古文書で記載されているという。

楼門
本神社は花池に鎮座する大神神社とともに尾張国の一宮とされているが、大神神社の由緒によると、『花池の「大神神社」と「真清田神社」をまとめての「相殿・対の宮」と言う事で「尾張の一の宮」に指定した。』と記してある。
尚、二宮は愛知県犬山市に鎮座する大縣神社、そして三宮は古代からの大社である熱田神宮とされている。

拝殿
真清田神社(ますみだじんじゃ)
御祭神
天火明命
御例祭
四月三日 桃花祭
境内社
服織神社、三八稲荷社(宇迦之御魂神)、厳島社(市杵嶋姫命)、八龍神社(高靇神)愛鷹社、犬飼社、天神社、須佐之男命社・秋葉社・愛宕社


由緒
真清田さまが鎮座するこの地域は、古くから木曽川の水田地帯として栄え、清く澄んだ水による水田から真清田(ますみだ)と名付けられたといわれています。
社伝によれば、真清田さまの鎮座は、神武天皇三十三年(BC628)、我国の開拓と日を同じくするものと伝わっています。
平安時代、國幣の明神大社と認められ、尾張国一宮として人々の尊敬を集めました。
鎌倉時代には順徳天皇は多数の舞楽面を御奉納になり、現在も重要文化財として保存されています。江戸時代には、幕府より神領として朱印領三百石以上を奉り、明治、大正には皇室国家から厚待遇を受けました。
戦後は一宮市の氏神さまとして、厚い信仰心を寄せられ今日に至っています。
(真清田神社由緒より)

左 本殿 右 神馬

昭和二十年(1945)の米軍空襲で社殿のほとんどが焼失したが、昭和三十五年(1957)に社殿、同三十六年に楼門が随時再建された。拝殿の奥に祭文殿、渡殿、本殿が一直線に並び、祭文殿の左右に廻廊が伸びている「尾張造」という建築様式。

ちなみに蕃塀(神社拝殿の手前にある塀)があり、「立派な」神馬像とともに、典型的な『尾張の社』の佇まい。

服織神社
そして、真清田神社の右隣りに鎮座しているのは服織神社。

服織神社
祭神 萬幡豊秋津師比売命
由緒
御祭神は『萬幡豊秋津師比売命』(よろずはたとよあきつしひめのみこと)と申し、真清田神社の御祭神『天火明命』(あめのほあかりのみこと)の母神で、別名を七夕祭の織姫『棚機姫神』(たなばたひめのかみ)といわれております。
このことから、この地方の地場産業の「織物の神様」として古くより信仰を集めておりますが、昨今、七夕伝説より「縁結びの神様」として、若い女性の信仰を集めるようになりました。
(境内案内板より)

御霊水
ちなみに、社務所の開所時間は丁度午前9時からなので、早朝から参拝される方はご注意を。
(小生はこの罠にひっかかってしまいました・・・)


次回は、今伊勢に鎮座する『元伊勢』中嶋宮です。

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