尾張国総社 「国府宮」 尾張大国霊神社

伊勢への道
尾張大国霊神社
(愛知県稲沢市国府宮1-1-1鎮座)

ボクの個人的な話だが、稲沢は以前勤めていた会社の工場があったので、仕事で何十回も訪れていた。
国府宮の存在は神社に興味がなかった頃から知っていたし、「国府宮のはだか祭」の存在も当然社員からよく聞かされていた。
久々の稲沢で「知っている人に会ったらいやだな・・・」と思いつつ、一宮近辺に来ているのだからと思い、参拝してみた。

二の鳥居
馴染みのあるJR稲沢駅ではなく(笑)、名鉄国府宮駅から徒歩3分程度の場所に尾張大国霊神社が鎮座している。参道はとても広く、市民の憩い場のように作られている。
途中神橋があったが、子供達が遊んでいるのを邪魔したくなかったので写真は控えた。
楼門の先には山のような形をした社叢があり、景観を保っている。

楼門
尾張大國霊神社(おわりおおくにたまじんじゃ)
御祭神 尾張大國霊神
尾張大國霊神とは、大昔我々の祖先が此の地方に移住をして住居を構え生活を始めた時、日々の生活の糧を生み出す根源である国土の偉大なる霊力を神として敬い、日常生活の守護と感謝の心の拠り所としてお祀りした神であります。
即ち、尾張人の生活に関わる神であり、尾張国の総鎮守神ともいえる神であって今日、農商業守護の神、厄除の神として広く信仰しています。

由緒
「国府宮(こうのみや)」とは、今から少なくとも千三百年前すでに、この付近に国衙が置かれ、総社として国司が祭祀した神社であるから国府宮と呼ばれるようになりました。
又、当社は尾張総社と称されますが、総社とは、一国中の神社の御祭神を国衙附近に勧請して、国司が自ら祭祀をする神社の事で、尾張国においては、その根源である尾張大國霊神という國霊神を祀る社柄であり由緒古く国衙に隣接して御鎮座である処から、当神社を尾張国総社と定め、手厚くお祀りしておりました。
社殿(尾張造)
社殿
本殿は流造、拝殿は切妻造で全体の様式は尾張式といわれるもので、本殿、渡殿、祭文殿、東西の廻廊、拝殿、楼門と建並んでいます。

重要文化財として、
楼門 足利初期の建立(正保三年(1646)の解体大修理の際、上層を改造)
拝殿 徳川初期の建立(特徴として、切妻造で内側に柱が並立する)

本殿に接する形で、磐境(いわくら・いわさか)と呼ばれる五個の大きな自然石が円形に立ち並び、神聖視されています。これは、今日のように社殿を建てて神を祀る以前の、最も古い原始的な祭場で、当神社が太古にはすでに創始されていたことを物語っています。

別宮
宗形神社 御祭神 田心姫命
大御霊神社 御祭神 大歳神之御子
別宮二社と本宮をあわせて「尾張大国霊神社」と総称されている。

末社として、司宮神社(猿田彦神)、稲荷神社(倉稲魂命)、神明社(天照大御神)、居森社(素戔嗚命)、白山社(菊理姫命)、三女社(田心姫命、湍津姫命、市杵嶋姫命)が境内に鎮座している。

とても心地良い境内だったが、いかんせん色々と焦ってしまい、別宮や末社を拝することを忘れて次の参拝地へ向かってしまうのであった・・・。

ちなみに、有名な「はだか祭」の正式名は「儺追神事」(なおいしんじ)といい、毎年旧正月に行われている神事で、神護景雲元年(767)から開催されている古い伝統をもった厄除のお祭りです。



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