17 June 2012

美濃國一宮 南宮大社

Location 日本, 岐阜県不破郡垂井町宮代1734
南宮大社
(岐阜県不破郡垂井町宮代峯1734-1鎮座)

当初の予定では美濃國に向かう予定はなかったが、宿泊していた愛知県一宮市から岐阜までの距離が思ったより近かったこと、そして、『伊勢巡り』というメインテーマと並行して『日本武尊所縁の地を巡る』のも、今回の旅のテーマのひとつだったので、ヤマトタケルが深手の重傷を負った伊吹山も見てみたい(実は登りたい)と思い、伊吹山地の麓にある垂井に向かってみることにした・・・

・・・のだが、肝心の伊吹山が見えない(涙)

実は垂井駅に到着した頃、天気は冷たい雨。
伊吹山方面には雲が湧き立っており、山どころではなかった><

ああ、残念。
ということで、早々に南宮大社へ向かうことにした。

南宮大社 正面
JR垂井駅から徒歩20分程度の場所に南宮大社が鎮座している。
祭神の金山彦命は、記紀神話の『神産み』にて、イザナミが火の神カグツチを産んで陰部を火傷して病み臥しているとき、イザナミの嘔吐物(たぐり)から生まれた神で、鉱物の神とされている。

ちなみに、『神産み』の際、糞から生まれた神は波邇夜須毘古神(ハニヤスビコノカミ)と波邇夜須比賣神(ハニヤスヒメノカミ)、尿(ゆまり)から生まれた神は彌都波能賣神(ミツハメノカミ)で、灌漑用水の神、そして豊宇氣毘賣神(トヨウケヒメ・・・伊勢外宮の祭神)の祖神で、生産の神さまである和久産巣日神を生んでイザナミは黄泉の国へ旅立っていった。

楼門
南宮大社(垂井町宮代)は主祭神に金山彦命を祀り、相殿に見野命、彦火火出見命が祀られている。建築様式は、和様と唐様を混用した独特の様式であることから、南宮造と呼ばれているらしい。
玉垣内にある社は、本殿の他に高山社、樹下社、南大神社、隼人社、七王子社があり、南門の先には、金床社・金敷社、そして湖千海社(引常明神)があったらしいが、雨足+旅の疲れの為巡ることができなかった・・・。

石輪橋
配布された南宮大社略誌によると、創建は神武天皇東征の頃で、垂井町府中の地に造られたとされる。現在は安立寺があり、境内に南宮大社境外摂社の御旅神社が鎮座している。(祭神:南宮大神の姉神の金山姫命。相殿:豊玉姫命、埴山姫命)
その後、崇神天皇の御代に美濃仲山麓の現在地に奉還され、古くは仲山金山彦神社と称していたが、国府から南方に位するため、南宮大社と云われる様になった。
尚、当社の宮司であった宮勝木実(みやすぐりのこのみ)が壬申の乱で天武天皇に味方し、不破関を守ったので破格の待遇を得たという。

楼門から高舞殿を眺める
略誌には『金鵄(きんし)を輔(たす)けて大いに霊験を顕わされた故を以って云々』とあるが、これは日本書紀の「神武天皇~長髄彦と金鵄」のおはなしから由来している。
皇軍はついに長髄彦を討つことになった。
戦いを重ねたが、中々勝つことができなかった。そのとき急に空が暗くなってきて、雹(ひょう)が降ってきた。そこへ金色の不思議な鵄(とび)がやって来て、神武天皇の弓の先に止まった。
その鵄は光輝いて、雷光のようであった。
このため長髄彦の軍勢は、皆眩惑されて力戦できなかった。
長髄というのはもと邑(むら)の名であり、それを人名とした。皇軍が鵄の瑞兆を得たことから、時の人は『鵄の邑』と名付けた。今、鳥見というのはなまったものである。
(鳥見は現在の生駒市高山といわれているらしい)

境内
南宮大社
御祭神 金山彦大神
相殿 見野命、彦火火出見命

御由緒
御鎮座は古く人皇十代崇神天皇の御代と伝えられ、国府から南方に当たる故、南宮大社と称せられている。
古来金宝の守護神、破魔除災の神と御神威高く、既に千年前延喜の制に國幣大社に列せられ、一宮として広く金之總本宮として崇敬厚い名社である。
御社殿は関ヶ原合戦の兵火に遇いて炎上の為、徳川家光公旧に復して再建され、明治維新の神佛分離令に依り、堂塔は他に移建され今日に至る。
本殿以下十八棟が国の重要文化財の建築である。

例大祭 五月五日 蛇山神事
金山祭 十一月八日 通称ふいご祭
(以上、境内由緒書きより)

拝殿
天候不順だったせいか、広い境内の中に私独り。
敷き詰められた玉砂利を踏みしめる音と雨の音が境内に響き、社殿後方の伊吹山地から吹き降ろす冷たい雨風を受けながら、ただただ一心に拝する。
正に神さまと対峙したような気分。

美濃國総社
略誌の地図に「美濃國総社」と記されている祠。
先に書いた御旅神社は国府の近くにあり、『国府之宮』と称されていたことから、遷座されてきたのだろうか?なお、数立神社とも呼ばれているらしい。

下向橋近くにあった巨石
そして駐車場に程近い場所にひっそりと坐していた御神石。
境内には「さざれ石」があったが、周辺の岐阜県揖斐川町春日には君が代の由来となったといわれるさざれ石があり、さらに伊吹山はさざれ石の主要産地だったということを知ったのは参拝後のこと。

それにしても垂井の地はとっても寒かった!
伊吹の山々、おそるべし。


次回は、岐阜市街地に鎮座する心地良いお社です♪

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