21 June 2012

美濃の社 伊奈波神社 境内社と『駒爪岩』

Location 日本, 岐阜県岐阜市伊奈波通1丁目1
伊勢への道
伊奈波神社 境内社と橿森神社


伊奈波神社 楼門
岐阜市金華山の麓に鎮座する伊奈波神社。
社殿同様に境内社も魅力的で、心地良い雰囲気が漂っていた。

黒龍社

黒龍社
祭神 高竉神(黒龍大神)
伊奈波神社が丸山より現在の井之口谷へ遷座された以前から、当山鎮護の守護神として黒龍社は祭祀されていたと口碑されている。

社殿前には坐して拝むための御座がある。隣には黒龍石が置かれていた。
にしても、何故黒い龍が祀られているのだろうか??

須佐之男社
そして、黒龍社の南に位置する社は、旧牛頭天王社だったのであろう。
現在は、須佐之男社、東照宮、天満神社、和歌三神社の四柱を合殿している。

須佐之男社 (旧称津島神社)
祭神 須佐之男神
東照宮
祭神 徳川家康公
岐阜御殿地(旧岐阜市役所内)より当地に遷座
天満神社
祭神 菅原道真公
和歌三神社 祭神 津島神・人丸神

左:伊奈波大黒社 右:神滝

伊奈波大黒社
祭神 大己貴命(大国主命)
祠内の大黒様は宝永六年(1709)十二月、沢田十蔵作と言われている。
右写真の神滝は、禊ぎをするための打たせ滝なのかな?

吉備神社
吉備神社
祭神 吉備津彦命
復職繊維、和洋裁、手芸の守護神とし名高い。針の神霊を慰める為、使い古した針を納める針塚もある。

烏帽子岩と御足台石
楼門をくぐって左側に祀られていた二体の磐。
左側が烏帽子岩、右側の草鞋(わらじ)がかかっているのが御足台石という。

烏帽子岩
旧鎮座地である丸山に六尺周囲一丈余の奇石が存在し、その形が烏帽子に似ていることから烏帽子岩と称れ、古くから大神の遺徳を仰ぎ奉る拠り所として語り継がれてきた。
御造営にあたり、境内より烏帽子岩に似たる岩が出土したので、是を丸山の烏帽子岩の影向石として安置され、古くより信仰されています。
御足台石
当神社御祭神五十瓊敷入彦命が東国擾乱鎮撫に赴かれる道すがち、長良川を御船で渡られた際に左岸に下り立ち、御足台にされた石であります。
此の石鯛で足を洗われて丸山の館にお入りになったと船頭の間で口碑されてきました。

伊奈波神社 境内
境内社も魅力的で、『気』のようなものに満ち溢れた伊奈波神社。
より深く「美濃」について学んでみようと思うきっかけを与えてくれたお社でした。

他のお社も巡りたいな、と考えていたが、流石に体力的に限界・・・ということで、岐阜駅までのんびり散歩してみることにした。

橿森神社社頭
ふらふらと散歩していると、崖の麓にひっそりと鎮座しているお社を発見。
鳥居脇の榎がとても活き活きとしていて、案内板を読むと歴史の教科書にも載っている「楽市楽座」が開かれた地とのことだったので、参拝してみることにした。

橿森神社は、伊奈波神社の御祭神五十瓊敷入彦命の皇子である市隼雄命を祀った社で、いわゆる「若宮」にあたる。
尚、鳥居左側には岐阜信長神社が鎮座しており、別格官幣社建勲神社の御分霊を勧請したという・・・が、撮影し忘れてしまった。

社殿
橿森神社
岐阜県岐阜市若宮町1丁目8番地鎮座
御祭神
市隼雄命(伊奈波神社御祭神 五十瓊敷入彦命の皇子)

由緒
創建は第十二代景行天皇の御代であると伝えられている。
慶長五年(1600)に兵火、慶安二年(1649)に火災と両度の難に遭ったともいわれている。
宝永三年(1706)の古地図によれば、現在の美園町と若宮町の十字路附近参道の入口で西一帯の榎が示してある。
「岐阜総構の内は内町、構の外は外町、南へは御園にて市立 市神として今に榎あり」と江戸時代の資料に示された榎で、織田信長が美園で開いた楽市楽座の市神がこの木の下に祀られていたのである。社前にある榎は神木化され、いぼに対する民間信仰の対象となっている。
古来木片に春夏秋冬がついた樹木は神木化された例は多い。
境内に天明六年(1787)銘の石灯篭がある。瑞龍寺との関係がうかがわれる。

駒爪岩
社殿の背後にある爪岩は大昔、神人が駒にのってこの地にくだり、この岩に爪あとを残したといういわれからこの名が出ている。
市隼雄命の御墓は各務原氏蘇原の市林山(いちはやま)の山頂に在る。
(以上、境内案内板より)


以上で、美濃の社巡りは一旦終了。
いつか必ず美濃~飛騨のお社巡り(兼観光)は行っていきたいな、と心に誓う小生でした♪

次回からは、いよいよ伊勢国入国・・・その前に奥多摩の社についてでも。

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