8 July 2012

東京湾の社 千葉郷総社 蘇我比咩神社

Location Japan, Chiba Prefecture Chiba Chuo Ward蘇我2丁目2−7
旧千葉郷総社
蘇我比咩神社
(千葉市中央区蘇我2-2-7鎮座)

鳥居
今回は、下総國に鎮座する旧千葉郷総社・蘇我比咩神社について。
JR蘇我駅から徒歩15分程の場所に鎮座する式内社で、社名の通り、古墳時代~飛鳥時代にヤマト政権で強い勢力を持っていた蘇我氏の部民が入植した地だったのであろう。
住宅街の中に佇む小さなお社で、境内には洗濯物が干してあった。

社殿
社殿の前には『蘇我比咩神社』と『千代春稲荷神社』の提灯がぶら下げられている。
また、由緒にも記載されている通り、かつては「春日大明神」とも称されていたという。

旧千葉郷総社 蘇我比咩神社
御祭神
天照皇大御神 (伊勢の大神)
蘇我比咩の大神
春日大明神
経津主神・武甕槌神・天児屋根神・天児屋根比売神
応神天皇
千代春稲荷の大神
御霊の大神 (通称イボ神様)

扁額
由来
当社は、今から1500年前から建てられたといわれている。
古記によりますと、第十二代景行天皇の皇子であらせられた日本武尊命が東国地方を統一すべく勅命を受け弟橘姫を始め多数の家来を引連れ軍船に乗りて、千葉沖に差し掛かったとき、風雨が強くなり船は進まず沈没の危機にあった。
このとき弟橘姫は「龍神の怒りに触れた」とこれを静め和げんと同道してきた五人の姫達と共に身を海中に投じた。そして日本武尊命は、無事航海を続けた。
身を投じた五人の姫の中に蘇我大臣の娘たる比咩がおり、この方がこの下の海岸に打ち上げられた。里人等の手厚い看護で蘇生することが出来た。そして無事に都に帰る事が出来ました。

大三輪神社・大山阿夫利神社
又里人達は日本武尊命が日嗣の皇子でありながら東征の途中にて崩せられ皇位を継承するに泳簿なかった事を聞き及んでその霊をなぐさめんと社を建てて神として祭った。この里人等の行為に深く感激した第十五代応神天皇は、特別の命により蘇我一族をこの周辺の国造として派遣し政治をおこなわせた。
蘇我一族は代々「春日神社」「比咩神社」を守護神としており、両神社の御分霊をいただき「蘇我比咩神社」を建立した。
「延喜式神名帳千葉群記載」され、「春日様」「下総の国香取神明様」と下総の国の守護神として人々に敬神された。

御神木のいちょう
江戸時代には、徳川家康も敬神され10石を献上した。
この所は江戸又上総、香取への街道の要所にもあたり参勤する大名また人々の集まる宿場町であったため参詣する賑わいをみせた。
明治五年社格郷社となったが、明治の大火事で神社・社宝・古文書・御手植の松すべて焼失してしまったが、現在も近隣の人々に敬拝されています。
(以上、神社配布由緒書より)

境内
龍姫の祠(甘酒のんのん 甘酒どんどん)
言い伝えによると、ある戦いで敗れた一族が、女・子供をつれて当地に逃げてきた。
当地はまだ葦の葉が茂るところであったためここに一族が隠れた。
追手が迫ってきたとき乳飲み子が咳をしてしまい追手にみつかってしまった。そして一族すべて殺されてしまった。
これを見ていた里人が可哀相に思い祠を建てた。
この後、子供の病が直らないとき、この祠に甘酒を供え祈ると直るといわれている。
(由緒書きより)


次回は千葉に鎮座する式内社についてです。

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